いつも読んでいただいて感謝します
毎年 8月には
戦争と動物について書いています
逃げ出したら危険ということ
圧倒的な食料の不足などが
その処分の理由でしたが
その他にも
戦意高揚というのもあったそうです
日本国民に
戦局は厳しいということを
知らしめるために
動物たちの殺処分を利用したというのです
その頃の日本には
上野動物園
東山動植物園
京都市動物園
に象がいました
その中で
東山動物園には
4頭の象がいましたが
( アドン エルド キーコ マカニー )
キーコが亡くなった時に
職員の人たちは
もう一頭も死なせない!
そう決意したのです
( 戦後生き残ったのはマカニーとエルドでした )
園内に駐屯していた陸軍の
馬たちの食料をこっそり盗んでは
象たちに与えていました
見つかったら大変なことになりますが
実は兵士たちの中には
見て見ぬふりする人達もいたのです
心の中では
象を死なせたくないと思う人は
沢山いたということでしょう
そうして生き延びた象たち
戦後数年経った頃
「 ぞうがみたい!」
子どもたちを乗せた列車が
東山動物園を目指します
一万人以上の子どもを乗せて
ぞう列車は走りました
たくさんの動物が犠牲になった戦争
そんな中でも
何とか命を救いたいと
奔走した動物園の職員さんたち
絵本の作者は
こう言っています
「 どんな理由があっても
戦争を回避する努力こそ人間の姿 」
今も続く戦争と紛争のもと
亡くなっていく
多くの動物たち
殺される理由も
死んでいく意味もない…
動物たちの命を助けて欲しい
一頭でも命を繋いで欲しい

戦争が生んだ大きな罪
戦争で大きな被害を受けた
長崎で(広島でも)
被爆者という苦しみを
さらに大きくしたのが
(放射能はうつる)
と言われ
結婚や就職の差別を受けた人々のこと
移り住んだ先の小学校で
「 ハゲ 」と教室で呼ばれ
少し生えてきた髪の毛を
「 カッパ 」と呼ばれ
最後には教師にまで
「 ゲンバク 」とあだ名された少年
大勢の残酷な死を見て
その中で生きのびたのに
彼を待ち受けたものは
「 被爆者への差別 」だったのです
戦後81年
生き抜いた人
無惨に死んで行った人
死んだことすら
気にとめられることの無かった動物たち
あの戦争でどれだけの動物が亡くなったのか
実数は分かりません
差別も戦争も
ない世界
戯言だと思いますか?
人が死ぬのに
空があんなに美しくても
よかったのだらうか
燃えてゐた 雲までが 炎あげて
あんなに大きな 夕焼け
見たことがなかった
(吉原幸子さんの詩 旧仮名遣いのままです )
爆弾が降り注いだ日も
原爆が落とされた日も
晴れわたり青空が広がっていたのです






