多分気にする子たちがいるだろうとは思っていました
今のロシア対ウクライナの戦争について
数名(不思議なことに皆んな男の子たち)の生徒さんがレッスンの中で「せんせい、戦争はダメだよね。」と何度も私に話をします
その数名の男の子たちは皆んな発達障がい児さんです(私たちが日々の中で一瞬スルーできることができない難しさもあります)
子どもさんたちにとってみれば連日テレビで報道される戦争のニュースは、戦争の進展や状況云々というよりも絶え間なく聞こえる『ロシアの攻撃・ウクライナの人々の惨劇』であり、『ロシアはひどい』なのです
偶然にもこのタイミングでレパートリー課題が『ロシアの◯◯◯』というタイトル曲だったり、作曲者の説明をする時にその作曲者がロシア出身だったりと、該当する子たちの関心に拍車がかかります
そのような中で偶然にも2人の生徒さんがこんな事を言いました
「ロシアの曲なんてひきたくたい‼︎」
「えー⁉︎こんな時にロシアの曲をひくの⁇」
私は生徒さんに尋ねました
「どうしてひきたくないと思ったの?」
「なぜひいてはいけないと思ったの?」と
そうするとある生徒さんは「ロシアはウクライナの人たちに悪いことをしている。ウクライナの人がかわいそうだからロシアの曲をひくのはいやだな。せんせいも戦争はダメって思うでしょ?ボクは戦争反対だよ!」と言いました
私はこう答えました
「そうだね、先生も戦争は反対!ウクライナの人たちはとてもかわいそうだし、ロシアのやっていることは良くないと思うよ。
でも少し想像してみようよ。
もしかしたらロシアの中にも『戦争反対‼︎』って思っている人がいるかもしれないし、言いたくても言えない人たちがいるかもしれないね。
そういう人たちがもしもいたとしたら…『ロシア(ロシア人)はみんな悪い人』とは言えないし、ロシアの音楽と今のこの戦争は関係がないと先生は思うよ。
きれいなモノはキレイだし、美しいモノは美しい。
ロシアの音楽を聴いて「この曲ステキだな♪」って思うことを“今は戦争をしている国の曲だから”といって我慢をしたり、ひどい曲だと思わなくても良いんじゃないかな?と先生は思うよ。」
すると生徒さんが言いました
「そうか、
音楽に罪はないもんね、先生‼︎」
そう、それ!それです!
生徒さんはちゃんと分かっています
❇︎
戦争や地震や天災など、想像を絶することが起きた時の子どもの心理について、私は東日本大震災の時の臨床心理士の先生方のレポをよく見ていました
その中に大変興味深いお話がありました
それは避難所などで『地震ごっこ』をして遊ぶ子どもたちのお話
それを見た一部の大人たちは不謹慎だと子どもたちを叱ったそうです
大切な人を亡くされたり、行方が分からないなどの不安な状況で見かける子どもたちの無邪気な『震災ごっこ』は、さぞかしお辛かったと思いますし、苛立ちや怒りを感じてもおかしくないと思います
しかし子どもたちも『震災ごっこ』に至る前に大人と同じく震災のショックを受けているのです
例えそれが無邪気なモノであったとしても、目の当たりにした光景を『遊び』を通じて表出させることや、気持ちを遊びに投影することは決して悪いことでなく、自分のショックを開放したり緩和させていく大事な大事なプロセスなんです
ですからこのコロナ禍においても不安感の強いお子さんや、コロナの話をとめどもなくしてしまうお子さんに対して「心配するな。」「あまり余計な事を考えるな。」と子どもの言葉や気持ちを封じ込めてスルーを強制するのではなく、その気持ちを受け止めてあげることが大事なサポートですし、このサポートは支援の必要なお子さんに限ったサポートではなく、誰にでも通用するサポートなのです
この戦争についても同じです
「◯◯君はそう思うんだね。なるほど。」
傾聴し、その上で共感できる部分は共感し、導いてあげたいことがあれば「こういう考え方もあるんじゃないかな?」と提案してみる
「大丈夫。」という言葉で流す大人の術を子どもさんたちは意外に分かっています(^_^;)
だけどそこに向き合ってあげることが子どもさんたちにとって何よりの安心であり、『アナタという存在を認めるよ』の安全基地作りに繋がると思います
ただし、あまりにもお話が止まらない生徒さんの場合は「そのお話はレッスンの後にしようね。」と話す約束をしたり、「お話の途中でごめんね、『今は何の時間かな?』」と優先順位を意識させてあげることも必要だと思います
メリハリは大事です
だけどその表出がどんな形であれ、子どもの気持ちを受け止めて大人の都合でスルーしないことも大事な心の育みだと思うのです