※長文をお許し下さい
当教室はcovid-19の感染拡大予防の為に3/7迄レッスンの休講措置を取りましたが、政府の『感染ピークカット』を再考し、休講期間を14日迄延長する事に決定し、保護者の皆さまへの伝達も完了致しました
レッスン日程が二転三転しました事は生徒さんにも保護者の皆さまにも大変申し訳ないとは思いましたが、この非常時ですので(そして世界規模での未知のウィルス対策として考えて)その修正をお許し頂ければと願います
幸い保護者の皆さまが延長の決断に快く受け止めて下さった事は、講師として大変有難く思います
延長を決めた後でしたが、お子さんの感染者がまた増えたそうで…子どもさんの感染率は低いという説は少し難しい局面になっているのかな?と思いました
今後政府から新たな要請等の発表があった場合は情報を精査しながら、先ずは生徒さんの健康と安全を第一として柔軟に検討・措置をとっていきたいと思います
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私は昔々大手音楽教室に講師として10年間在籍させて頂きました
在籍時にも思いましたし、特にフリーランスになってその後に起きた地震や水害等の自然災害の際も、そして今回の様な未知のウィルスに対する生徒さん・親御さん方への対応の際も私は全く同じ事を思いました
『講師として企業に所属する』
という事が
いかに講師や講師の立場を
守ってもらっているのか?
という事を
大なり小なりの個人の思いや相違はあったとしても、レッスン以外の部分(例えば有事の際)で『思案・責任・決断の3点セット』をトップやスタッフの皆さんが自分に代わって行なってもらえるから、そのプレッシャーやストレスはかなり軽減された形でコチラは済むのです
私は大手音楽教室を退社し、そこから何処にも属さない『従業員のいない自営業者』『フリーランス』という立場になりました
フリーランスは自分で決断が出来る自由さはありますが、それまでの立場の中で準備されていたり整えられていた物事や環境を(優遇されていた事にすら気づけないこともある)1から作り上げていく厳しさと共に、一つ一つの事が全て自分に返ってくるが故の『現状把握』『先の見通し力』『全体を見渡す目』『小さな声を聞き逃さないアンテナ』『自己責任』『管理力』『決断力』を求められて…正直な所精神力は鍛えられていきます
それはレッスンの内容にも直結しますし運営面にも直結します
小さな事から大きな事まで1人で考えて決断する事は本当に大変です
信念を持って自分なりに真摯に対応していたとしても、受け止める方によってはこちらの思いとは違う事や真逆に受け止められる事だってあります(例えばその人の解釈が一人歩きして思ってもみない内容に変容していたり噂になったり)、フリーランスって現実を直視するスタミナがないとやっていけない部分があります
今回の休講措置+延長も悩みました
特に人命に関わる事=責任のウエイトがかなり重く、そこに『未知のウィルス』という見えないモノへの疑念やバイアスが、様々な判断を鈍らせる1番悩ましい状況でした
何故悩むかと言えば、私は子どもさんをレッスンと言う名の下でお預かりしながら医療の専門家ではないからです
・どんなに感染予防をしても100%の予防措置は出来ないので、例えそれが習い事1つの措置にせよ、感染拡大予防の可能性に少しでも繋がる『人の動きを止める(つまり休講)』事をすべきという『教室の責任者・講師』としての考え→つまりは生徒さんの健康と安全を守る現実的な努力をする事
・フリーランス故の責任の重み
・大手音楽教室の措置(判断の参考)
・政府からのアナウンス
という様に上記の事をまとめますと、講師として「レッスンを休講にする理由」に比べ、
「この状況下でそれでも行う理由」が
私にはどうしても
見つかりませんでした
その中でも大手音楽教室の休校措置…
これは私の中で物凄く大きかった!
大手さんが先駆けてご決断をされた事は、個人教室の講師として1つの判断材料にもなりますのでかなり背中を押された気がします
大手が決めたから個人も全く同じ事をしなくては…とは思いませんが、『リスク』と言う事を考えた時に1つの判断を見誤ってしまうと、ココがフリーランスと言う立場は直接的に取り返しのつかない継続的且つ強力な一撃を受けます
つまりリスクマネージメントです
講師は生徒さんや親御さん方に対してどの様な事を考えた上で措置を取ったのか?と言うプロセス=講師の方針を伝える事はとても重要です
そこが良くも悪くも親御さん方から私へのジャッジへと繋がります
休講措置を取らない判断の中には「子どもさんの体調を見ながら各自親御さん方のご判断でお休み又はレッスンへお越し下さい。」と言うチョイスもあったかとは思います
親御さん方のお気持ちを想像しますと、今回は特に通常の風邪でのご判断や、感染性の病気の際の明確な出校停止期間があるモノ(そしてそのご経験)と比べ、あくまでも未知のウィルスですので、「個人で判断して下さい。」は親御さんによってはかなり酷な事かな?と思いました
オマケにココがかなりの重要ポイントで、無症状であっても感染ケースがある事
(つまり目に見える咳や発熱の前段階でウイルスを保持している人がいる)
こうなると「予防を徹底します!」だけではかなり難しい面もあり、ましてや「こういう時は気合いで!」で乗り切れていたら、命を落とす方はもちろんいないでしょうし早々に収束しているはず…
こう言う現実があるからこそ、時にやり過ぎでもいいから講師側が舵をとって決断をする事は(そこに至る経緯やその後の事を親御さん方へお伝えする事が前提ですが)、結果的にそれが一瞬の防御であったとしても生徒さんを守る事と同時に、親御さん方へ“目の前が見える安心”、そして信頼へと繋がると個人的に思いました
今回、親御さん方への伝達はスムーズに運び、中にはお仕事で運営をされていらっしゃる親御さんから「ウィルス対策と運営判断の難しさ…分かります。」「この状況での判断は難しいですよね。先生のお気持ちは分かります。」や、「(休講の)対応をして下さって有難うございました。」と言う寧ろ共感や感謝のお言葉を多く頂きました
私へのお気遣いもあって“何も言わずに”という親御さんもいらっしゃったとは思いますが、親御さん方のお言葉をそのまま有難く受け取らせて頂くと、これはこれで良かったのだと思います
政府の休校措置…政府として何も打ち出さない・何かを打ち出してもどちらも叩かれる現状ですし、感染の確率や拡大を100%じゃないにしろ極力断つと言う意味での休校…つまり感染しやすい環境を作らない事や人の動きを止めたかったのですから(集団でいる事+通学の際に電車やバスを乗り継いだり越境通学のお子さんも中にはいる)措置の目的は分かるのです
ですから(個人的には)政府の休校措置は1つの予防策として良かったのでは?と私は思います
感染の拡大が深刻さを増しているイタリアもそうしていますし
が、しかし!
明らかにタイミングなり手法なりが
猛烈にまずかった
事前の協議がどうやらなかった中での総理(側近)の独断だったとの報道が真実ならば、その措置は余りにも身勝手であり得ない話ですし、大風呂敷的アバウトさ(学校休校のみが封じ込め対策と言えるのか?)+かなり急な要請+最後は各地方自治体にお任せでしたので、お子さん方は勿論のこと、特にお仕事をされていらっしゃる親御さん方や現場の先生達の混乱は相当なモノだと想像しましたし、実際にそうでした
突然休校になって残りの授業はどうなるのか?
残り1,2日で突然クラスを離れる事になるお子さん達と担任の先生方のお気持ち
休校中の課題は?
総会や面談等の日程調整
大切な式典はどうなるのか?
一生懸命準備をしただろう学年末のクラスの催し物がなくなる切なさ
日中のお子さん達を誰が預かってくれるのか?
ひとり親のご家庭はどうなるのか?
親御さんは仕事を休まなきゃいけないのか?
保育園・学童・放デイさん等の開所はあっても、結果的にそこにお子さんたちが集う事はどう受け止めるべきか?(そこに携わる先生方やスタッフの方の衛生面での緊張感+ご自身の健康と心情)
本当に子どもさん達は外出せずに家でじっと出来るのか?
もしお子さんが感染率の高いご高齢のおじいちゃんおばあちゃん宅へ預けられた場合、双方にとってそれはどうなのか?
大人から子どもまでこの休校対策に該当する人々の大混乱ぶりを思うと、本当に胸が痛みました
音楽教室の中には発表会を中止にされた先生方もいらっしゃる様で…それがどれ程の苦渋のご決断であったか…先生方の思いや生徒さんや親御さん方の思いを想像しますと涙が出てきます
長期短期の休講措置やオンライン形式に切替える等、様々なレッスンスタイルに変更をされた多くのお教室の先生方のお気持ち=ご決断の大変さはお察しします(私も同じなので)
勿論、休講措置を敢えて取られず、通常通りにレッスンをされていらっしゃるお教室の先生方も十分なお考えがあっての事だと思います
こういう状況下での決断というのは出来る限り明確な方針が必要ですし、場合によっては賛否両論が起こって当然だと思います
それは小さな音楽教室でも国でも同じ事
皆んなが初めての経験だから100%の答えや納得が出来る答えを出せないのが現実だと思います
ただし、ここは
国に対して
モノを言わせて頂きますが…
印象操作や利権や忖度、上下横のしがらみなどを取り払った中で、本当の意味で国民とこの非常時に向き合い、早期に与野党と連携を取りながら理にかなった指針・見える指針を国民に伝え、共に乗り越えていく強いリーダーシップを見せてくれる嘘偽りのない総理、意見を言える大臣・政治家・官僚、研究利権や特効薬利権のない一部の専門家たち(OBも)、おかしい事をおかしいと声を上げて追求し、オリンピックの放映利権などをものともしない報道精神を持った新聞社やTV局の取材記者・政治記者(とにかくこの記者クラブを速攻で解体して欲しい)や報道陣たちが
残念ながら
この国には
ほぼいなかった
今回の総理の諸々の問題とそこに関わる
大臣・官僚の状況を見ていますと、
私は山崎豊子さん著の『白い巨塔』を
どうしても重ねてしまいます
敏腕でプライドの高い医師・財前五郎が己の出世欲に執着し、傲慢さ故に引き起こしてしまったある患者への誤診からの死亡事故
財前の誤診を庇う為に取り巻きの医師や医局達が必死な裏工作を重ねるのですが、そこで上手くフォローが出来ない者に対しての残酷なまでの仕打ちと、そこを上手くフォローする者(仲間を裏切り、真実をねじ曲げて勝ち取る財前との信頼関係)へのこれまた残酷なまでの優遇と言う計らい…
結局誰のための医療なのか?と言う本質のズレが歪みに歪みを重ね、最後には己れの健康を軽視して命を落としてしまうという(正しくブーメラン!)人間の弱さや愚かさを実によく描いていると思います←今再放送したら物凄い事になりそうな気がしますが(^_^;)
そして映画『joker』の中で、アーサーがTV番組の司会者に対して叫ぶあのセリフ
まさに格差社会と資本の事や今の世の中の事をズバリ言い当てています
不思議なもので映画などの作品が偶然のタイミングでその先の世相を予言する様な、神憑り的な事って偶にあるんですよね(それはやはり監督の先見の明だと思うのですが)
世の中には難しい問題がたくさんありますが…
私がいつも思う事は
目を凝らす事 俯瞰で見る事
耳を澄ます事
物事の表と裏を感じる事
多視点を持つ事
時には真っ直ぐ見つめる事、真っ直ぐ聞く事
足元を見る事
人の声を聞く事
情報をふるいにかける事
自分だったらどうするか?と想像し、自分の考え・意見を持つ事
自分軸を待つ事
柔軟さを持つ事
大切にしたい事は何か?
自分は社会の一員である自覚を持つ事
いつも思っている事を含め、様々なことを考えながらの休講の日々です