『ワンス・アポン・ア・タイム・
イン・ハリウッド』
【ゴールデングローブ賞】
⭐️映画部門 助演男優賞
ブラッド・ピット
⭐️映画部門(ミュージカル/コメディ部門)
作品賞
⭐️映画部門 脚本賞
クエンティン・タランティーノ
受賞おめでとうとーーー‼︎
以下はかなり前に観賞をし
かなり前に綴り
保存という名の放置をしていた記事です
お許しください(^_^;)
コレ、いつ頃観たかな?(笑)
夏の終わり?
もうどうでも良いや!(笑)
あぁぁぁ…タラちゃんってばもう!最高!
※タラちゃんとはタランティーノ監督のこと
いやぁ…ホントに凄い作品でした!
アル・パチーノにカート・ラッセル、成長しまくったダコタ・ファニング(ホントに普通に大人になっててビックリ!)そして彼にとっては今作が遺作となった『ビバヒル』のあのルーク・ペリー(彼が登場した時、私、泣いた)という、とにかく俳優陣達の豪華絢爛さと演技に拍手拍手♫
それにしてもタラちゃんの超ド級の映画愛・超ド級の映画オタク度(この人の映画オタク度は半端ない!)、そして猛烈なハリウッド愛に溢れていて…これぞタランティーノ!という作品でした♫
日常のふとしたまどろみシーン+オタク度散りばめつつの容赦ない残虐シーンの畳み掛け!
お子ちゃまは絶対に見ちゃダメよ!
そしてエグいシーンが弱い方もお気をつけて!
でも私は…タランティーノ監督の映画業界や観客へのラブレターの様な気もしました(猛烈にエグいシーンはある事を連呼させて頂きます)
この作品、評価としては
賛否両論だったそうですが…
確かにタランティーノ作品初見の方や監督のオタク気質の理解云々、そして1969年のアメリカや世界がどの様な時代背景でどの様な文化を辿っていたか、そしてそして、チャールズ・マンソン(マンソンファミリー)やシャロン・テートの事(シャロン・テート殺人事件)を少し知っておかなくては…この作品への理解は少々難しいかもしれません
私の場合…幸いと言っていいのか分かりませんが(笑)作品内の事件や時代背景の知識はありまして
私の両親がいわゆる団塊世代後期の人なので、ワンハリが描かれている時代の日本や世界背景、文化の話を私は割と若い頃からよく聞いていましたし、また壮大な音楽史の観点からすると、1969年のアメリカと言えばベトナム戦争と反戦運動の流れの最中で、“ラブ&ピース・愛と平和の祭典”として開催され伝説となった大規模な音楽フェス・『ウッドストック』があり、そしてヒッピーカルチャーがあったという背景を当然知っておかなくてはいけないところなのです
特にこの1969年はベトナム戦争中(後期)にアポロ11号が人類初月面着陸を成功させたり…これだけとっても振り切れ度合いが激し過ぎてカオス感漂う69年のアメリカ
戦争がもたらす辟易とした若者達の感情内圧の高まりが(不安・緊張・絶望・失望・閉鎖感・無気力)、既成概念に縛られない自由さや解放感、そして平和と希望への欲求に突き進み、そこでヒッピーやヒッピーカルチャーが生まれ、そのヒッピー達の一部が暴徒化しカルト集団を作ってしまったのが“マンソンファミリー”
身勝手極まりない思考を持つマンソンの洗脳支配下にあった若者達による残虐な事件に巻き込まれ、その犠牲者となったのが名匠ポランスキー監督と結婚したばかりのシャロン・テートという、とても美しい女優さんでした(自宅にいた友人達も犠牲者となった)
当時シャロンはまだ26歳
2年にも満たないポランスキー監督との結婚生活の中、シャロンは妊娠8ヶ月という身重の身体で、残忍極まり無い形で命を奪われてしまったのでした
その一部のヒッピー達の極端な思考の捩れが生み出してしまったシャロン・テート殺人事件は、当時のアメリカを震撼させ、ヒッピーカルチャーの急速な幕引きへと向かわせるのです
そういった何か両極端過ぎる掴み所のない“カオス感”と“光と陰”…それが1969年であり、芸術や文化の面でも決定的に『目印となる年』だったのです
私が鑑賞した時…いかにも部活帰りの女子高生3人組が「ブラピだ!レオ様だ!なんだかCMカッコイイし観ちゃおう!イェーイ!」的なノリで、私の近くで観賞していたのですが…タラちゃん独特の長回しからラストまで爆睡していましたし(笑)
女子高生たちーー!!!
ココが後半とのコントラストに活きるのよぉ〜!
目を覚ましてーー!!!(^_^;)
ご高齢のご夫婦はラストの超エグいシーンでお席を立たれていらっしゃいましたし(笑)
確かにね、確か残虐極まりないですよ
分かります、分かります
でもこれがB級エグい系作品まで網羅&半端ない知識量を持つタラちゃんの映画愛でもあると理解…
出来ないですよね、そうですよね(^_^;)
お爺ちゃまお婆ちゃまにはかなりお辛いかと
私は少しだけ時代背景もタラちゃん風味も知っているが故に…予習が必要な作品ではあるかな?とは思います
でもね、全てはタランティーノ監督の映画愛!
何かの記事?動画?で見たのですが、タラちゃんが「シャロンが無残な事件の犠牲者だったという記憶のされ方ではなく、こんなにユーモラスでチャーミングな演技ができる、美しくて素晴らしい女優だったんだよ!と、この映画で伝えたかった。それが彼女を墓から出してあげる事に繋がると思う。」と、確かこんなコメントを監督はしていたと思うのですが…私、これを聞いて涙(T-T)
とにかくシャロンもそして彼女を演じるマーゴットも超絶チャーミングなので、作品の中でのミューズ的な位置づけの意味もあったと思いますが、仏教でいうところの成仏だったり、シャロンに対するリスペクトや名誉復活的な意味もあったのだと思うと…監督の優しさや愛にジーンと胸を打たれる一方で、とても身勝手で稚拙な思考の一部の人間達への怒りや、たった1人の男の思考(犯罪者達の犯した罪の数々は全く持って許されませんが、生育歴や家庭環境を知ると…かなり考えさせられる事は数知れず)がもたらした、多くの若者たちへの洗脳支配と集団心理の怖さをまざまざと感じる作品でもありました(これは日本でも同じ事が…ありましたよね)
※実は私、犯罪心理学(兼社会心理学)の書籍を片っ端から読んでいた時期があって(犯罪者となった人物達の生育歴や思考、環境要因的な部分に昔から非常に興味を持っていたので)個人的にこの辺りのことやマンソンを知っていた事が私的には作品理解の後押しになりました
そういった明暗混ざり合う時代の中で、それぞれの人が生きている・生きていた1969年
アメリカンニューシネマ全盛期だからこその、車の走行シーンと喫煙シーンの多さと制約のない自由さの極み(笑)
そしてハリウッドという夢の世界を生み出す華やかな町の中でさえ天と地があり、業界ならではの人気という光と陰(勢いと衰退)、希望と失望がある
切ないけれどこれが現実であり、そしてこれはハリウッドだけの事ではなく、私たちの日常で繰り広げられる「生きていく」という事なのだろうと思います
そしてその「生きていく」反面にあるダークサイド…そこに捻れ落ちていくのではなく、「夢は見てね!そして笑ってね♫」と、タランティーノが言っている気がしてなりませんでした
リック(レオ)がアル中状態で自分の俳優人生に陰りが見えている事を痛感して涙し、そしてあるミスから…
「ついにオレ、やっちまった_| ̄|○
やっぱオレ出来ねーわぁぁーー!」でキレまくって号泣し、アル中にサヨナラするかと思いきや早々に一口飲んじゃうし(笑)、でも役者魂に火をつけて奮起し、「やっぱお前スゲーじゃん、リック!」と、自他共に認める名演技が出来た時のリックの喜びと緊張の解放感からの涙…
とにかくリックはよく泣くの!(笑)
でもこれが実にチャーミングで、見るこちら側は手に汗握って一喜一憂して…とても良いっ!!!
(ディカプリオ、本当に良い演技してました!)
これも「生きている」という事
何だかんだ言っても
スターは努力の上に成り立っている
その俳優たちの『ひたむきさ』への、タランティーノ監督なりのリスペクトも沢山感じられた作品でした
だからこそ、この作品は
タランティーノ監督の
映画愛なのです!
ココ、テストに出るから
皆さんに覚えておいてーー!!!
(何のテストよ⁇)
【オマケ】
それにしても…
シャロンのお部屋に飾ってあったミュシャの絵がどうにもこうにも気になって…シャロンはミュシャが好きだったのかな?(^_^;)
