人のキャリアってよく山登り型か、川下り型か、

って言いますよね。

 

私は完全に川下り型なのですが、

たまにそうであることが無性に不安になって、

いいのか?

私こんなんでいいのか?

って思ってしまうときがあります。

 

つい最近、そうなるときのパターンが

分かってきました。

 

 

それは、イキイキしている山登り型の人を

目の当たりにしたとき。

 

長期的な目標を立て、

それに向けて確実に登っている姿を見ると

まぶしくて、どこかうらやましくて、

私、川下ってていいのかなぁ、

流れに身を任せていていいのかなぁ

って思ってしまいます。

 

 

今朝の夫との

ウォーキングの時間、

私はずっとそんなことをグダグダと

話していました。

 

猫:何歳までに絶対これをしたい、とか

 ないしなぁ……

 

犬:え?3年後に富士山に登るために

 こうやって今歩いてるんちゃうん?

 

猫:いや、そうやねんけど、仕事で

 どうなりたいとか、

 どんな70歳になりたいとか

 

犬:「話を聞いて欲しいおばあちゃんNO.1」

 になりたいって言ってたやん

 

猫:あ~言ってたけど……

 なんか漠然としすぎちゃう?

 

犬:そうか?数値目標立てて、

 ガツガツ登りたいんか?

 

猫:いや、それは苦手……

 

犬:じゃあ今の感じでええんちゃう?

 もうこれはタイプやから。

 山に登りたい人もいれば、

 川を下りたい人もいる。

 

猫:そっかぁ……

 自信を持って川下ればそれでいいのか。

 

犬:別に何もせんとただ流されてる

 わけじゃないし。

 受験勉強して第一志望合格したし、

 あの氷河期の就活も乗り切ったんやし。

 そのときそのときで頑張ってきたから

 それでええんちゃうん?

 

猫:そういえばその時々は頑張ってきた。

 

犬:ええやん、おれら、川下り夫婦

 

猫:まぁ……いいのか。

 いいような気がしてきた。

 

(家到着)

 

 

そんな会話をしたあと、

今日朝一のインタビューで

お相手からこんな言葉が出てきて

腰を抜かしました。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

「流される」と「流れる」は

似ているようで全然違う。

 

流れている人は、自分がないわけではない。

ただあるがままに、身を任せている感じ。

私は、そう生きていきたい。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

私、ここで泣いたら変な人だなぁ

と思いながら、

涙がじんわりしてきているのに

驚きました。

 

そうか、私は流れてるのか。

そう思うだけで、全然気持ちが違いますよね。

 

 

そこで最近再読した

この本のことを思い出しました。

 

 

 

この本では、

自分の経験を振り返り、

自らの生きる指針となる作戦名を

自分で決めることで、

向かうべき方向性が見え、

自分を支え、奮い立たせることができる、

ということを説いているのですが。

 

これは別に山の頂上の旗を作れ、

というわけではなく、

作戦名が、

私が川を下っていくときの

舵になればそれでいいんですよね。

 

そのときどきに、

岩にぶつかりそうだからこっちへ避けよう、

流れが急だからあっちへ向かおう。

 

その舵に、

自分らしさがあればいいんですよね。

 

この作戦名、

本を買ったときに1度作りかけて

途中になってしまっていましたが……

今ならちゃんと作れる気がする。

 

やってみよう。

 

 

それにしても、取材を通して、

いろんな人の考え方に触れて、

そして自分で咀嚼して

「流れて」いくのって、

とても面白くてワクワクしますね。

 

私はやっぱり、川下り型だわ。

 

 

----------------------------------

 

ココロ ツムグ研究所かげいろは

栃木県宇都宮市で、

「丁寧に紡いだストーリーで人との距離を縮める」

をMissionとして取材・執筆活動をしています


黄色い花プロフィールはこちら


黄色い花サービスメニューはこちら

 

お気軽にお問合せください!


クローバーお問合せフォームはこちら

 

クローバーXはこちら

(フォロー大歓迎)

 

クローバーFacebookはこちら

(お友だち申請下さる場合はひと言お願いします!)

 

クローバーInstagram

 プライベートアカウントはこちら

 お仕事アカウントはこちら