娘の就職先は東京の板橋の病院でした

(医療事務の仕事に就きました)


友達とふたりで埼玉でシェアハウスです😊


こんなにも早く親元を離れるなんて

思ってもいませんでした💧




シリーズ化の前回のブログはこちら



今回は娘の就職活動の話です😊



退院から数ヶ月

バイトも再開して

以前のように生活出来るようになった頃

大学の友達が東京に就職が決まったとのことで

娘も東京で就職したい!と話がありました



「まぁ、好きにやってみたら」

と半信半疑で見ておりました



娘は身体障害者の認定を受けているので

障害者枠でハローワークのネットから

東京の就職先を探していました



年が明けて

「この日、面接行ってくる~♪」

と夜行バスで東京に行った日が大寒波!


翌朝連絡してみると雪で足止めされていて


「まだ三重県で、7時間遅れやて‼️

何とか14時からの面接には間に合いそう♪」

とのこと


その上、ほとんどバスが動かないからよく寝れた💤って…😅



結局、東京に着いたのが15時過ぎ❗️

16時までは面接して頂けるとのことで

ギリギリ受け付けてもらえたそうです



そこからまた、夜行バスで帰ってくる予定でしたがバスが運休に💦



何とか新幹線でその日に帰って来れたという

東京滞在3時間の珍道中


(それでもしっかり1ヶ所、自分の行きたい所には寄って帰ってきていましたが😅)



そんな状態でも

「面接、めっちゃ色々聞いてくれたわ」

と大満足の様子でした

(そりゃ、退院間がない状態で東京まで面接行ったら

相手もいろいろ聞くやろ…笑)



次の週には「友達と住む所を探してくる」と

またまた夜行バスで東京に🚌

(就職まだ決まってないんですけど…笑)



東京滞在中にタイミング良く

二次面接の連絡があり

そのまま面接を受けて帰って来ていました



結果採用でした😊



あの身体で

何の不安も持たず

ただただ楽しんで東京に行って

採用の通知が届きました😳



よく
「楽しんで始めると楽しい結果に♪
   大変と思って始めると大変な状況に」

と聞きます



こんなもんなんや!って、教えられました



引越し先もネットで目ぼしい所を見つけて

友達と決めていました




娘の東京での就職が決まった時

娘が引っ越す事を考えると泣けて泣けて😭笑


(娘の友達はみんな口をそろえて

「お母さん、どうするん?大丈夫?」と言ってたそうです!笑)



それがいざ引っ越しとなって

あれやこれややりきると


帰る道中も家に着いてからも、涙が出ない!笑



「これで良かった」って思いだけでした



何もかもがスムーズに間に合って

無理なく終わりました




今、私が思うことは

子どもの人生の邪魔をしない♪

親は見守るだけ…

何かあれば私の出来るお手伝いを😊


私が子ども達に、育ててもらっているのです



みんな自分の人生を生ききる強さを
身につけて生まれてきていると思います



最後まで読んで下さってありがとうございました✨



ただ脊柱管狭窄症は甘くなく
関東生活を満喫中、再び手術となりました💧