いろんなコトが起きた入院生活も無事に退院へ😄



シリーズ化の前回のブログはこちら




娘の中学校までの距離は

徒歩で30分ほどかかります



1度めの入院が終わった時に自転車に乗れたら♪

と子供用の小さな自転車で練習しましたが…



手がハンドルに届けば

足がペダルの下まで届かずで

すぐに自転車はあきらめました💦笑



今も移動手段は徒歩のみです



退院当初は登校時は車で送れても

帰りは自分で歩いて帰ってきます


教科書は学校側の配慮で

学校に置かせてもらっていました😊



高校は電車通学でしたが

最寄り駅まで徒歩40分❗️



3年間しっかり歩いて通いました😊




骨延長はガチガチに足を固定するので

装具を外した時には

「足首」や「ヒザ」が固まっています



歩けるようになっても

数年はお尻をつき出したような歩き方でした



腰もすぐに痛くなり

退院当初は「歩かれへん❗」

とよく言っていました



この通学距離のおかげで筋肉がつき

しばらくすると「腰痛い!」

という言葉を聞かなくなりました



「歩く」ことがリハビリになったようです




希望の高校にも無事に入学することが出来

これから楽しい学校生活が✨

と期待に胸をふくらませている時…



またまた一大事が‼️



初めて「いじめ」を経験したのです💦



娘は公立の普通科の高校でしたが

その中の「看護コース」という

医療系に進学希望のクラスでした



その、医療系希望のクラスで『いじめ』です😑



携帯も高校になって初めて持ちましたが

今どきのSNSでのいじめが主に❗



女の子特有の陰口

仲間どおし集まってのヒソヒソ話



頭の良い子達で

先生にはわからないように…



娘の友達が先生に知らせてくれて

公になりました



ここからは、先生から注意されれば逆恨み❗

のお決まりのパターンが出来上がり

時々学校を休みながら1年ほど続いていました


(娘曰く、高校の時はずっとやったわ!

だそうです💧)



とにかく居るだけで目立つので…



高校は厳しい学校でしたので

欠席の時には保護者から連絡を!が基本でした



先生ともお話をする機会が増えながら

親の私が思ったことは...


「私がこれから先、娘にしてあげられるコトは限られてる❗

まずは、娘が自分で声にだして出来ることを‼️」



本当に恵まれた環境で育ってきていたので

か娘が自分で不自由さを伝える前に

まわりが先に動いてくれていました



ここでも

「後で考えれば必要なことだった」

と思えるのですが

渦中にいる時にはとんでもありません❗️



しばらく学校と連絡をとりながら

状況を見守っていました



そうは言っても、「学校行きたくない」と

時々泣いて訴える様子は

親として何とも言えなく、辛く悲しかったです



もし、このままエスカレートしていくようなら

「相手のグループの親と本人達と先生とを集めて、警察の人にも来てもらって話をする場を絶対につくる❗」

と心に決めて娘にも伝えていました




いじめのターゲットは娘だけではなく

その時その時で次々と変わっていたようです



学校の対応のお陰様で

先生方のご尽力のお陰様で

少しずついじめはおさまっていきました



この出来事で、娘は本当に強くなったと思います



あまりに見かねて

「高校、辞めてもいいよ」

と言った時に、娘の

「何で私が辞めなあかんの⁉️」

という答えに、脱帽しました😅



親が出来る事は、本当に限られた事です



子供の力を信じて見守る事



娘の場合は暴力などはなく

「いじめ」としては軽いのかもしれません。



でも「いじめ」に重いも軽いもないです

キズついた心は一緒です




これは病気云々関係ありません




ちょっとしんどいテーマでしたが

最後まで読んで下さってありがとうございました✨




まだ、続きます…