前回の続きです♪

祖母から聞いた一番印象に残っている話は

空襲警報が鳴る中、自転車でお産のお宅に行ったこと。


お産は待ってくれないので、こわい思いをしながらも必死だったそうです。


時に、お産の代金をお野菜で頂いたこともあったとか。

時代ですね♪



そんな環境で育った私の出産は...

その頃には祖母もとっくに助産婦さんを引退していました。

孫も自分が取りあげたかったようですが、周りの反対に仕方なくあきらめたそうです。


ということで、私は3人とも病院での出産でした。
家が助産院だったからって、お産が上手とは限らないのです❗️笑

最初のお産は、助産士さんにお腹の上に馬乗りになられて、お腹を押されながらの出産💦


もう二度とあんな大変なことはイヤ‼️

と思っていましたが、3人の子供に恵まれました🎵


ブログを書きながら気づいた大切ことは...


私の育った環境は、後々の人生に必要な考え方を作りあげてくれていた❗️

ということです。


大きな出来事が起こる時には、必ず伏線が張られているようです。

必ず必ず、その人が乗り越えられるように✨


次男の心臓病

(生後すぐに手術が必要と言われ、術前のカテーテル検査で血管の詰まりがとれて3○才の現在まで治療なし!笑)

長女の軟骨無形成症での手術の数々

孫の乳幼児突然死症候群


その時その時、本当に頑張って取り組んできましたが、

私の根底にあったのは

出来る限りのことをやり尽くしたら


「自然にまかせる」

「成るように成る」


悲しいけど、辛いけど、お孫ちゃんの乳幼児突然死症候群も寿命。

母に報告した時、母は冷静に

「そういう子もおる。その子の寿命だから。」

と言いました。

あまりの冷静さにちょっと驚くと同時に、いろんな産院での経験があってのことと思いました。


とりとめなく書いてきましたが、人はそれぞれ自分に必要な環境で生まれ育ってきているのかもしれません。


自分の人生を生き抜くために❗️

とにかく生きていくために❗️❗️



残りの人生、私らしく楽しんでいこ~っと🎵

という結論です♪



読んで下さってありがとうございました✨