2004年8月
無事に新居が完成し引越。
娘の産休に入ると同時に、転勤が決まりました。
転勤先は新居に近く、🐯と同じ職場。
365日24時間ずっと一緒の生活が始まりました


倅同様に娘も生後2ヶ月から保育園へ。
転勤までの間は2人共に同じ保育園へ。
そして新居近くの保育園探しも始まりました。
今まで同様、全てひとりでやりました。
🐯に任せることができなくなりました。
二度手間だから


引越当日から3か月、何故か義母が毎日いました。引越前に同居するか話し合いましたが、義兄と一緒に住むとのこと。
しかーし!
合鍵を持ち、毎日帰ればいる義母。
体力、気力と共にどんどん睡眠時間が削られて行きました。
ありがたいことに娘は8時間しっかり寝てくれる子でした。授乳・オムツ交換で睡眠。
赤ちゃん返りした倅の相手をするのがとても大変でした。
同時に🐯が私に求めていたことを完璧にこなしていました。
★すっぴんで🐯の前に立ってはいけない
★朝御飯が出来てから🐯を起こす
★服装は🐯が好む女性らしいもの
★髪型はロング
毎朝4時に起き、シャワーを浴び、化粧をし、髪の毛をまとめる。
ご飯はご飯、味噌汁、おかずを2品以上。レトルトはダメ。準備していても気に入らなければ、食べたいものを作る。
服装は🐯が気に入らなければ着替える。
保育園への送迎、その他の用事も全て私が担当。
買物に行っても荷物を持つのは私。
保育園に送る前に倅にご飯を食べさせ、娘に授乳し、家事をこなし。
保育園に送って出勤。
バタバタして朝、洗い物や洗濯が間に合わない場合は昼休みに自宅に戻りやりました。
お昼に帰宅した時、義母は出かけていていません。
義母の部屋は作らなかったので、将来、娘の部屋にするはずだった部屋を寝室に渡しました。
当時の私に言ってやりたい。
バカなのか!
目を覚ませ!!
覚ましたから離婚しました


完全に奴隷でした。
そんな時、私は学生の実地実習を2名担当していました。
余計に仕事は増えます。
それが🐯には気に入らない。
けど楽しかったんです。私は。
ある日、尊敬してやまない先輩が、学生の実習地訪問で来院しました。その先輩の生徒実習を受けていたからです。
一通りの業務連絡を終え、ふっとプライベートの話題に戻った時、先輩が一言。
ねぇ寝れてる?
食べてる?
落ち着く時間ある?
これが始まりでした。
ひとつひとつ答えていく過程で、何故か涙が止まらなくなりました。
先輩はうんうんと話を聞いてくれました。
そして
病院行ってきな。鬱だよ。間違いない。
はい?


仰っている意味がわかりせん


精神科に行く?私が?なんで?


これを繰り返していたように思います。