母には年の離れた兄が二人いた
長男は戦争に行き生死が判らない
二男は生まれつき脚が不自由で
出兵せず 周りから「お国の為に戦地に
行けない役立たず‼」と揶揄されていた
息子を軍隊に取られ身を案ずる
親達でさえ陰口を叩く時代だった
母は二男が大好きだった
俳優の佐田啓二に良く似た美男で
優しい兄だったそうだ
昭和20年 横浜は度重なる米軍の
攻撃に合い壊滅状態になっていた
それでも米軍の攻撃は止まず
止めの一撃を喰らわせた
家を焼かれた人々が逃げ惑う
炎を避ける為に我先に河に飛び込む
でもそこは地獄だった
戦火で河の水が熱湯と化した釜茹地獄
火傷で亡くなる多くの人々達
二男もその1人だった
母は二男の遺体を引き取り
死に化粧を施し荼毘に伏した
この時の母の心情は如何許だったろうか
二男の死から立ち直り切れない母を
戦争は尚も苦しめた
近所に住む母娘の親子が
米軍の奇襲に合い亡くなったのだ
防空壕に後少しという場所で
親子は器銃機の雨に撃たれた
防空壕に入る直前の母が
振り向きその光景を見たのだ
終戦迄1か月を切っていた
以後 何十年経っても母の記憶から
親子の死の瞬間の記憶が消える
事は無かった。