植野明磧先生の名著『良寛さん』の「良寛禅師戒語」を読みました。
今回は逸話ではありません。明磧先生は、冒頭、解良栄重(けらよししげ)が記した『良寛禅師奇話』について触れ、良寛和尚の人となりを紹介しています。
解良家は当時の村上藩の庄屋役を務めた家柄で、栄重は幼い頃、良寛さんの最晩年に接した人です。
解良家は当時の村上藩の庄屋役を務めた家柄で、栄重は幼い頃、良寛さんの最晩年に接した人です。
良寛さんや、良寛さんの縁に連なる人々のことは、『良寛さん』の巻末の「良寛さんの生涯」を読む日まで、楽しみに待つことにします。
良寛和尚の遺墨のひとつ「良寛禅師戒語」すなわち「言葉についての戒め」とは次のようなものでした。
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一、ことばの多き。
一、はなしの長き。
一、問わずがたり。
一、てがらばなし。
一、じまんばなし。
一、おのが氏素性の高きを、人に語る。
一、人のもの言いきらぬうちに、もの言う。
一、さしで口。
一、人の話のじゃまをする。
一、ことばのたがう。
一、たやすく約束する。
一、人に物くれぬさきに、何々やろうという。
一、くれてのち、人に語る。
一、よく心得ぬことを、人に教うる。
一、おしはかりのことを、真実になして言う。
一、よく、ものの講釈をしたがる。
一、憂いある人の傍らに、歌うたう。
一、寝付かぬ人のかたわらに、話する。
一、しめやかなる座にて、心なくもの言う。
一、人のかくすことを、あからさまに言う。
一、人の悪しきことを、喜んで言う。
一、口を耳つけて、ささやく。
一、人のことわりを聞きとらずして、おのがことを言い通す。
一、悪しきと知りながら、言い通す。
一、まけおしみ。
一、さしてもなきことを論ずる。
一、人のことをよく聞かずして答える。
一、へつらうこと。
一、心にもなきことを言う。
一、あなどること。
一、いやしき人を、かろしめる。
一、おろかな人を、あなどる。
一、下僕をつかうに、言葉のあらき。
一、はなであしらう。
一、口をすぼめて、もの言う。
一、顔を見つめて、ものいう。
一、首をねじりて、理屈いう。
一、このんで唐(から)言葉をつかう。
一、田舎者の江戸ことば。
一、都(みやこ)言葉などをおぼえ、したりがおに言う。
一、人のいやがるおどけ。
一、いやしきおどけ。
一、悟りくさき話。
一、学者くさきはなし
一、茶人くさきはなし。
一、風雅くさきはなし。
一、酒に酔いてことわり(理屈)いう。
一、酔える人にことわりいう。
一、あくびとともに念仏。
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これらの言葉は、数百年経った今でも、十分に理解することができます。
私はこれらの戒語を読みながら、ときに苦笑し、ときに冷や汗を流し、ときに「うひゃっ」と声を出しました。
私は、過日のブログ「名著『良寛さん』の“馬鹿正直”を読む。」で次のように書きました。
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長年、修行を積んで禅の悟りを得た良寛和尚は、実父の死に際し、蔵王権現の心を知って、さらに一段高い悟りを得、円周上を動く点が360度回って元に戻るごとく、穢れなき童(わらべ)のような心に「還っ」たのでしょう。
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これはこれで間違ってはいないと思いますが、今回、「良寛禅師戒語」を読んで、良寛和尚は、単に童心に還っただけでなく、日々、時々刻々、自身の言動に細心の注意を払って戒めていたのだと思いました。禅とは実践が伴うものだと、改めて理解しました。
「一、学者くさきはなし」は、私が冷や汗を流した言葉です(苦笑)。
学校の教師や塾の講師は、お互い、次のことを注意しようではありませんか。
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一、よく心得ぬことを、人に教うる。
一、おしはかりのことを、真実になして言う。
一、よく、ものの講釈をしたがる。
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実は、いくつかの戒語を読んで、「こういう人、いるよなぁ。あの人なんか、ぴったり当てはまる。」などと、特定の人を思い浮かべてしまうこともありました。が、これ自体が駄目で、良寛和尚から「人のことをとやかく言う前に、我が身を猛省せよ。」と叱られそうです。
明磧先生の解題を紹介します。
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良寛さんの書いていることは、いずれも極めて平凡で常識的なことばかりです。ところが、よく味わってみると、その一つ一つが、ほほえましく、しかも厳しく、私たちに語りかけてくるような気がしてなりません。
良寛さんは、宗祖道元の「愛語」を肝に銘じて、実践に努めました。したがって、これらの戒語は、他人に向かって発せられたものでなく、自らに言い聞かせたものだったのです。それだからこそ、逆に私たちが戒められるのでありましょう。
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最後に、辞書を引いた言葉をまとめておきます。辞書は『国語大辞典 新装版』(小学館1988)です。
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からことば【唐詞・韓詞】
朝鮮語や中国語。また、その他の外国語。からこと。⇔大和詞
やまとことば【大和言葉・大和詞】
1 わが国の言語。わが国のことば。和語。日本語。やまとことのは。
2 わが国固有のことばでよむ歌。和歌。大和歌(やまとうた)。大和言業(ことわざ)。やまとことのは。
3 わが国の雅言。主として中古の語。また、女房詞。御所言葉。
どうげん(ダウゲン)【道元】
鎌倉初期の僧。日本曹洞宗の開祖。諱(いみな)は希玄。号は仏法房。勅諡は仏性伝東国師・承陽大師。久我通親の子。比叡山および三井寺で学び、のち建仁寺の栄西に師事して禅を修める。貞応二年明全とともに入宋、天童寺の長翁如浄の法を嗣(つ)いで安貞元年に帰国。天福元年興聖寺を開創、さらに寛元二年には波多野義重の招きに応じて越前(福井県)の大仏寺(のちの永平寺)の開山となる。著に「正法眼蔵」九五巻、「普勧坐禅儀」「学道用心集」「永平清規」など。(一二〇〇~五三)
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現代の「唐言葉」は欧米語、さしずめ英語でしょう。テレビを観ていて、「日本語を使えば明解なのに、どうして、わざわざ英語を使うのかなぁ。」と思うことがよくあります。
たとえば、地域再生の討論番組で「復興」あるいは「再構築」と言えばすぐに分かるのに、「レコンストラクション」と話すような学者は「愚の骨頂」だと思います。
たとえば、地域再生の討論番組で「復興」あるいは「再構築」と言えばすぐに分かるのに、「レコンストラクション」と話すような学者は「愚の骨頂」だと思います。
愚の骨頂(こっちょう)
この上なく愚かなこと。最もばかげたこと。