拝啓「トレインマーク事典」様、広島区で、昭和45(1970)年3月[中2春休み]、出てきた写真① | 余生庵 カラスの晴耕雨・読ぶろく…クンセイが肴

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残り少ない余生をテキトーにいきていくブログ
◇監修 左上野 老鶴 ◇GM 経田野 横鋤 ◇照明 当代元 蔵志
☆余生を送っている人間が書いている記事ですので、恐縮ですが
 「記事更新頑張りましょう」といったコメントにはお返事できま
  せん。

拝啓「トレインマーク事典」様


多数の方々のための、ブログやレポートの発表の場であります<当紙面>でありますが、
「タイトル」から、いかにもこういった皆様共有の空間を貴会のみのために使わざるを得ないような
印象になってしまったこと、もちろん私の本意ではありません。


むしろ、お若い方々に(私、6月28日で58歳になりました。
四捨五入するといよいよ100歳です・・・早く先いけよ!!)。


「呉線で活躍中のC62」の雄姿をご覧いただくのも無駄なことではないと思われたため、
あえて、タイトルには、申し訳ありませんが、目立つように「貴会」のお名前を拝借し、
インパクトを強め、皆様の注意を引こうという「ずるいコンタン」であります。

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会の「テールサイン」に「せと」のご発表があり、その折、私は、列車のサインで、
<ヘッドは「あき」、テールは「せと」が好きです、日本海ファクトリー様宛:本年.5.21>
と送らせていただきました。



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実はこの写真、今回の、自宅のPCクラッシュがなければ、皆様にすでにお見せしようか
という写真でした。
と申しますのも、上の写真、この2月から、暇を見て探しておりましたが、どーしたわけか、
見つけられず、あきらめておりましたところ、予想もしないところから出てきたのであります。


しかし、よっくみますと、さすが中ボウの写真!!
ヘッドサインは逆
光、「鳥居」だって、見事に朱塗りの雰囲気が再現されている傑作なのに、
写真ではまったく光り輝いていません。
日付メモは「月」までしか書いておりません。
人様のお目に触れさせるようなシロモノではなそうと考えたわけです。

<撮影条件>
キャノネットQL17、キャノン(もちろん一眼などではありません)
 F:11
  SS:1/250sec


呉線はこの年の8月22日に電化されますので、C62/59型の大型機関車群は
最後のご奉公の年度となりました。


ご存知の方もおいでかと思いますが、呉線沿いは、戦争中は軍港地帯で、一般客は窓を閉めて
乗車したといわれております。
港湾重要設備でしたので、万一
機銃掃射などのトラブル遭遇には、電気運転より蒸気運転のほうが、
強いということで、電化が遅れていました。

その一方で、軍需物資の出入りがあるため、「甲線」が敷かれましたし、狭隘な海岸線ながら、
先の「ブツ」の輸送が円滑にいくよう、今までに何度も複線化の計画が起こっては消えていきました。
結局現在にいたるまで単線のままです。


(少し古いですけれどヨン・サン・トオ時代の編成:当時の時刻表から)

←37レ 広島行き                          38レ 東京行き → 
①寝2②寝B③寝B④寝2⑤食⑥寝2⑦寝2⑧寝2⑨寝2⑩寝2⑪寝2⑫寝2⑬寝2
#⑪-⑬は東京ー糸崎間の付属編成


当時は急行列車でも長距離ともなると「食堂車」がついていたことがわかります。


本日は、おっちょこちょいな人間の話に最後までお付き合いをいただきまして
ありがとうございました。


あの「大和」は瀬戸内海からドヤッテ外海にでたのか?・・・そーぢゃないでしょ!!

「呉線と私」・・・了