巷で話題の、むかえさん の前者・後者座談会に参加してきました。
参加するまではまだどっちなのか、腑に落ちてなかった。
後者っぽい。
今回の前者後者論の再燃で更に思ってたけど、まだ何か納得いかないと思ってた。
周りにこの話ができる人もいない。
誰かに「あなたはこっち」って言ってもらえたら楽なのにって思ってた。
座談会のなかで、色んなシチュエーションの時に、
前者だったらどうする?
後者だったらどうする?
って話をしてて、やっぱり後者だったと自覚しました。
待ち合わせの時
役割決めの時
飲み会の時
プレゼントを贈る時
どうやら、前者の人たちは、本当に別の思考回路らしい。
自分が考えもしなかったことを考えている。
そして、私がなぜ、なかなか納得できなかったのかも少しわかった。
大きなのはやはり、
「できない」を認められてないから。
今まで、前者にならなきゃいけない!って必死に頑張ってきたから。
多分、それなりに前者力つけてきた後者なんです。
前者の特徴に当てはまることもいくつかあるし。
多分、家の外では結構スイッチ入れてるから、
前者的なこともできたりする。
その分、とても疲れてるけど。
休みの日は、一日寝ているし。
今回、いくつかしっくりきたのは、
①「後者はインストールしてる」(情報とか、経験を)
ということ。
沢山怒られてきた後者は、
「こういう時はこうするべき」という情報を自分のなかにインストールする。
前者の人はそうじゃないらしい。
私も、前者的価値観、対応方法を沢山インストールしてきたんだと思う。
だから、経験から前者的なことができる時もある。
しかし、情報がインストールされてない状況になるとパニクる。
これで良いのかなと不安になる。
②突出した部分がないと思っているのは、自分を見張って圧縮しているから。
突出できるエネルギーを、バランスを取るために圧縮するエネルギーに使用している。
↑これは、今日のアシスタントの1人、ちづさんが言ってたこと。
ちづさんの話は、自分と似ていてすごく納得できた。
罪悪感が沢山あって、怒られるの怖くて、ってか怒られるのが前提にある。
前者になろうと沢山情報をインストールしてきた。
自分を沢山見張ってた。
できることも沢山あったから前者だと思ってた。
だからこそ、「できない」と認めるのは、とても怖いこと。
出来ません、助けてっていうのはとても大きなバンジー。
とりあえず、こんな感じ。
文章がまとまってないのは承知で取り合えず、投稿。
また色々整理できたら書きたいなぁ。