夫(英国人)がクスコの病院に入院して三日目。

前日よりは多少元気な様子ではあるものの

下痢はなおも絶好調、やっと引いたかに見える熱も

「解熱剤の投与をやめたらすぐ跳ね上がりますよ」

という危うい状態であるらしい。

食欲にも回復の兆しはなく、

朝食のトーストはどうにか口にしたものの、

昼食のスパゲティは

匂いを嗅ぐだけで顔をしかめておりました。

ミートソースなんて普段の夫の大好物であるのに。


「僕・・・今日明日中の退院は無理っぽいよ・・・

ごめん、マチュピチュ観光はあきらめなくちゃならないかも」

「いいよ、大丈夫だよ、マチュピチュは駄目でも

そのあとのガラパゴス諸島で、そのぶんも楽しめばいいさ!」
「ところでね、今朝から僕の胸はごろごろいうんです」

「・・・まああんまり気にし過ぎないようにな」


そこに我らがアイドル美人女医氏が入室。

「こんにちは。今日の調子はどう?」

「僕の胸、変な音を出しているんですが、聞きます?」

冗談めかして言った夫に対し、先生は真剣な目つきで
「音?ええ、今すぐ」

夫の胸にしばらく聴診器を当てていた彼女は

顔を上げると迷う様子もなく

X線を撮りましょう」


そのまま病室から連れて行かれる夫。

しばらくすると狐につままれたような顔をして

ひとりで部屋に戻ってきました。

「結果が出るにはしばらくかかるって」

「そうか・・・先生、妙に深刻な顔つきだったね」


結果はなかなか教えてもらえず

夫と二人でじりじりしておりましたら

そこにドクトルCという壮年の医師が登場。

「やあ、X線を撮ったんだって?結果は聞いたかい?」

「いいえ、まだです」

「ニューモニアが見つかったよ」

「ニュッ・・・ニューモニアッ?」

驚愕する夫。


私は「ニューモニア」という単語を知らなかったので

「夫・・・驚いていらっしゃるところ申し訳ないが

『ニューモニア』とは何か説明してもらえるかい?」

「僕には一生無縁だと思っていた病気だよ!」

話を総合するとこれがどうやら

肺炎(Pneumonia)」を意味することがわかりました。

「・・・肺炎とはまた穏やかじゃないね」

「穏やかじゃないどころの騒ぎじゃないよ・・・」


呆然とするわが夫婦を残しドクトルCは華麗に退室。

数分後、美人女医氏がやってきました。


「先生、僕に肺炎が見つかったって本当ですか」

「ええ、肺に影がありました」

「肺炎だなんて・・・肺炎だなんてそんな・・・」

「大丈夫、そんなに心配しなくても平気よ。

貴方は若くて健康だし体力もあるし、

適切な処置を受ければ短期間で快復するわ」

「短期間ってどのくらいですか」

「・・・そうね、2、3週間くらい

その瞬間、夫の心の地平線に

マチュピチュ遺跡とともに

ガラパゴス諸島も没していったそうです。

もう・・・もう観光どころの話じゃないよね・・・


そこにドクトルC再登場。

「君、頭痛はあるかい?」

「頭痛?少し。軽いのが。しかしこんな状況では

人間誰しも頭が痛くなるものだと思います」

「ちょっと血液中の酸素飽和度を調べてみよう」

夫の指先に「オキシメーター」と呼ばれる

小さな器具を押し当てるドクトル。

「・・・84。君、これは

ニューモニアではなくオディーマだ」


私は「オディーマ」という単語も

何のことかわからなかったのですが、

ドクトルのその言葉を聞いた瞬間

夫の顔が瞬間的に恐怖に歪むのを目撃したので、

どうやらこれは「肺炎」よりも恐ろしい病気なんだな、と。

オディーマ(Oedema)、つまり「浮腫」、

この場合は「肺水腫」を指します。

ドクトルCは夫の喉を調べた後

「高山病の可能性アリだね。

じゃあ酸素マスク、つけてみようか」

哀れなる夫はそのまま

右の枕元に点滴、左の枕元に酸素ボンベ、

腕には針、顔にはマスクという

どうみても重症患者という格好に落ち着いてしまいました。


しかしこの酸素マスクが効いたらしい。

酸素を吸入し始めて数分で、夫は

「頭痛がなくなった!きれいさっぱり!」


喜んでいるところへ看護婦さんがやってきて

「診断を確定させるためにまた検査が必要なんです、

採血させていただきます」

・・・ねえ、うちの夫、

そろそろ血液なくなっちゃいません・・・?

なんでも夫の肺の影が

「肺炎」なのか「高地肺水腫」なのかで

今後の治療法も変わるらしいのです。


それにしても突然の肺の影出現、退院延期、

下痢はいよいよお盛ん、なのに食欲はなし、

これだけでも夫の一日は

じゅうぶん悲惨なものだったと思います。

しかし悲劇はまだ続くのでした。

長くなったので、また明日。



「肺炎」もしくは「高地肺水腫」って

病名的に本当に恐ろしいわけですが、お医者は

「でもこれでやっと熱の正体がわかりました!」

とむしろ安堵した表情だったのが印象的でした


お願いします


人間、健康第一の1クリックを

それにしても夫よ、頭痛があるならあるでさっさと申告しろ

「だってそんなにひどい痛みじゃなかったんだもん」

じゃないんだよこのトリケラトプス