はじめての方は、「はじめに①」「はじめに②」の記事から読んでいただけるとありがたいです(^O^)/
☆☆☆
はい、や~っと後編♪
めっちゃプリティーな赤星さんと、ファンタジーな世界に迷い込んだ話。(´∀`)
で、待ち合わせ場所の九段下駅から歩き始め、ランチの場所を探して歩きだした私たち。
私、全く店など調べずに行ってしまったのですが。
赤星さんも、別に具体的に調べてきたわけではなさそうなのですが
「うん、なんかあっちの方に行ったら何かあると思うので、行ってみましょう♪」
と言ってスタスタと歩き出し。
「おぉ~!これは心強い!!」と思って私は内心にやりとしました。
というのも、私はとにかく地図が読めない女。(°∀°)b
スマホになってから、だいぶん道に迷う率は減りましたが、それでも迷う。
なので、いつも一人で出歩くときには、
とにかく知らない人に片っ端から道を尋ねて歩いております。(°∀°)b
で、友達とだけで出かけるようになってからはずっと、自分は何にも地図などは調べず(調べても読めないので)、ひたすら友達の行く方向についていってました。
(なんせ碁盤の目であることで有名な札幌の街でも、簡単に迷うくらいでしたから(;'∀'))
そんなわけで、「は~助かったね、こりゃ。(^o^)/」と思って歩いて行き。
行く先にあった中華屋さんの前で、「ここ、どうですかね。」と言われ。
「いいですね~!!!」と、入店を即決。
私、「どの店入る~?」「え~。どこでもいいよ~。」「え~。あめちゃん決めてよ~、好きなとこ♡」みたいな会話、苦手なんです。(・∀・)
とにかくぱっと決めてさっと入りたいんですね。
それで、店決めの時点でもう、
「う~ん、赤星さんとなんかフィーリング合うかも♡」
と感じておりました。(^o^)v
中華屋さんでは、赤星さんのお仕事の様子や、子どもの頃から今現在に至るまでのこと、マーケットに対する赤星さん流分析術など
も~、聞いても聞いても聞き足りないというくらい、興味深々の話題が目白押し!
それでね。
お話をお聞きして、自分と似てるなぁって思うところがたくさんあって、びっくりしました。
例えばね、二人とも、旅先でヒッチハイクの経験があることとかWWW
私、大学生の時に、ヒッチハイクで大学に通ってたんです。(笑)
どういうことかというと、私の通っていた大学は、実家から車で15分くらいのところにあったのですが
なにぶん田舎に住んでいたもので、その直通な交通手段がない。
公共交通機関で行くと、バス→地下鉄→バスと乗り継がねばならず、
トータルで2時間くらいかかるというWWW
いやぁ、ありえないでしょ。(^▽^;)
で、夏場は自転車で30分くらいかけて通っていたのですが、雪国なもんで、冬場はそれも無理なわけです。
加えて、何かと遅刻になりがちなADHDタイプのわたくし。
田舎はバス一本乗り遅れると、もう次が平気で1時間後とかなわけですよ。(・∀・)
それでね。
寝坊した!!!でも、今日は絶対に遅刻したらヤバい!!単位落とす!!!みたいになった日があって。
とりあえず、歩いて大学に向かうことを決意したわけです。
その最短距離、車で行けば15分でつくという道のりは、どんなところかというと。
だいたい人が歩いてるような道じゃないんですね。
かなり大きな道路が、ずっとずーっとずーーーっと、まっすぐに続いているのですが
そこには、トラックがびゅんびゅん通っているだけ、周囲には家も何もなし(調整区域なので)。
雪の集積所(道路などの雪を積んだダンプカーが、だだっ広い空き地に雪をどんどん積んで、ちょっとした古墳みたいになってる場所のこと)があるのみ。
だから、そんな道をとぼとぼと歩いていると、そこを通る運転手さんたちはみんな、
「ん?なんだあの歩いてる子???大丈夫か???」
みたいな感じになるわけですよ。
要は、高速道路(じゃないけどね、)のわきに、なんか人歩いてますけど??みたいな。思わず2度見しちゃう、みたいな状況なわけです。
それでね、そんな中を歩いていると、結構な確率で、車が止まってくれました。
「どうしたの?大丈夫?」って。
「どこまで行くの??乗ってく??」って。(ずっとまっすぐな一本道なので、絶対行き先が同じだから)
それでね。そんなふうに、親切な方に乗せていただくこと数回。
私、だんだん、乗せてもらうことを期待して歩くようになったんですね。(笑)
さらに。
「いやいや、トボトボ歩いてる時間がもったいないわ。最初っから、猿岩石みたいにカードもってたらいんじゃね!?」
って思いついて。
猿岩石。知ってます?今をときめく毒舌有吉さんがね、昔ヒッチハイクで旅してたわけですよ。
私、あの番組が好きで。
それで。
「○○大学まで」って、スケッチブックに書いて、道路のわきに立ってみたんです。( ̄∇ ̄+)
そしたら、あっさりトラックが止まってくれました。
しかも、
「ねーちゃん、朝ごはん食べたか??」
って心配までしてくださって、
コンビニでサンドイッチとお茶までおごってくれたんです。
あのときのおじさん、元気かなぁ~。遠い目。(゜゜)
それに味をしめまして。
ピンチの時は、スケッチブック片手にヒッチハイク登校をするという日々に突入いたしました。(°∀°)b
止まってくださるのは、やはりトラックのおじちゃん達が多かったのですが
中には、普通の乗用車の方もおられました。
一人、印象深かったある女性との出逢いがあります。
たぶん初めて女性の方に乗せていただいたとき。
止まってくださったのは、白くて少し大きな車で(バンとかいうのかな?車に詳しくないのでよくわからないのですが)。
私は後ろの席に乗せていただいたのですが
運転席と後部座席の間の、真ん中の列が、シートを倒してあって
そこに、毛布を掛けて寝ころんだ状態で、中学生くらいのお子さんが乗っておられました。
脳性まひで、肢体に障害があるとのことでした。
その女性は、お子さんを自宅からかなり遠方にある、特別支援学校(当時はまだ養護学校と言っていましたが)へ毎日送迎しているとのことでした。
毎日!!当時、パッパラパーな大学生の私の頭でも、「それはたいへんだなぁ。」と理解できたぐらいですが
いやいやいや、もんのすごいたいへんですよ。毎日ですよ。
どうしてその方は送迎バスなどが使えなかったのか、今となってはわかりませんが
「毎日通ってるから、また見かけたら乗せてあげるからね!」
と優しく声をかけてくださったその女性の笑顔が、今でもありありと思い出せるのです。
もう、まったく絵本が出てくる気配がありませんね。(;´▽`A``
でも、こうなったら、乗り掛かった舟(?)。
とことん逸れた方向で話を進めますよ。(笑)
今、この女性のことを書いていて思い出した、一冊の本があります。
お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい (扶桑社文庫)/扶桑社

¥700
Amazon.co.jp
この画像は復刻版のものだそうです。
私が読んだのは、今は絶版になってしまった、昔出版されていた方のものでした。
ハルが診断を受けて、はじめは「障害についての本なんて、読まなくてもいい。ハル自身の成長を見守っていけばいいんだ」と思っていた私も
いろいろな思いを経て
次の「も~、とにかく障害についての本、記事、講演会には片っ端から参加!!!」という、
よくそこまで変われますね、というつっぱしった段階(^▽^;)へ突入していた時期に出逢った本。
近所の図書館へ行ったときに、古くなった払い下げの本として、「ご自由にお持ちください」コーナーにあったものをいただいてきたものでした。
この本の中で、「当時は肢体不自由の子ども達が訓練できるような施設はほとんど大都市にしかなく、お母さんたちは子どもをおんぶして、何時間もかかって通った」というエピソードが書かれていました。
今だってね、決して障害を持った人が生きやすい、と言える世の中ではないかもしれないけれど
確実に、この時代よりも状況はよりよくなっている。
政治や、公的サービスって、「どうせ、自分一人が言ってもかわらないでしょ」「どうせ、ことなかれ主義でしょ。」って思ってた時期もあった自分だったのですが
この本を読んで。
そんなことない、少しずつ少しずつではあるかもしれないけれど、この世界はより良い方向に変わっている面も、確かにあるんだ。
それは、この時代に苦労されていたご家族や、障害を抱えた方一人一人の思いや行動が、今に結びついているからなんだって思いました。
だから、世界を変えることなんてできないってあきらめてしまうんじゃなくて
より良い世界を創っていけるっていう希望をもって、力強く生きていきたいって、私は思っています。
その変化がすぐには目に見えなくてもね。
これを読んだ当時は、自分がなかなかそんなふうに受け止められなくて。
本棚に置いておくのがしんどくなってしまって、結局処分してしまったのでした。
でも、今この記事を書いていて、復刻版が売られていることを知り、早速アマゾンで購入しました♪
再読するのが楽しみです。
以下、この本の主人公、
昭和35年に生まれ、昭和50年まで15歳の生涯を力強く生き抜いた、山田康文さんが書かれた詩です。
「ごめんなさいね おかあさん」
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくは言う
ぼくさえ 生まれてなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわの子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
※以下、お母様の返詩。
わたしの息子よ ゆるしてね
わたしの息子よ ゆるしてね
このかあさんを ゆるしておくれ
お前が脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱい いっぱい 泣きました
いつまでたっても 歩けない
お前を背負って 歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心
“重くはない”と聞いている
あなたの心が せつなくて
わたしの息子よ ありがとう
ありがとう 息子よ
あなたのすがたを 見守って
お母さんは 生きていく
悲しいまでの がんばりと
人をいたわる ほほえみの
その笑顔で 生きている
脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり
※以下、それを受けての、康文さんの詩。
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは 生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが、大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり
これは決して、悲しいお話、悲劇に涙する話ではなくて。
障害を悲観したものでもなくてね。
今より福祉サービスもほとんど何もないみたいな時代でも
重度の脳性麻痺をわずらった一人の少年が、自分の思いを力強く発信したという、希望の物語だと
彼の思いは時を越えて、
今の時代を生きる、私たちに語りかけているのだと
私は思っているのです。
さ~て。
赤星さんも、ヒッチハイクすらもまったく関係ないところに着地してしまいましたよ。
前編・後編で書いてたのにさ。(笑)
そんなわけで、後編その②に続く。
☆☆☆
たくさんの方に読んでいただければ…と思い、ブログランキングに参加しております。
下のバナーを押していただくと、自閉症児育児のママさんやパパさんのブログランキングを見ることができます。
加えて、このブログにランキングポイントが入るようになっております。
ポチッと押していただけると、はげみになります!よろしくお願い致します(^-^)/
マイバナー、作ってみました♪

にほんブログ村
こちらのランキングにも参加してます♪
育児 ブログランキングへ