今日は、「障がい」という言葉について、自分が感じてきたことを書きたいと思います。
私の故郷はとっても田舎で、小学校は全校生徒、200人ほど。
だいたい、どの子の顔も解る、という感じでした。
だからなのか、今と制度が違ったからなのか
私の通う小学校に、障がいを持った子どもはいませんでした。
(私がわからなかっただけで、軽度の障がいを抱えていたお子さんは、いられたかもしれません。)
隣町の小学校には、特殊学級(今の支援級)があったようです。
なので、障がいを抱えている方と、実際に接する機会が無く
子どもの頃の「障がい」のイメージ=某テレビ局の、2○時間テレビ
でした。
「障がいのある方」=困難を抱えながらも、ひたむきに生きている、品行方正な、素晴らしい方 というような。
(あくまで、子どもの私が番組から、勝手にイメージしていたことです。(^^;))
その考えが変わるきっかけとなったのは、大学生の頃に参加した、ボランティア活動でした。
私が大学生の頃、文科省(当時は文部省かな?)の指針だかなんだかが変わって
学校教育に、奉仕活動という単元(?)が入ってきました。
それで、就職するにもそういった活動をしていた方がいいだろう、という不純な動機から
急遽、自分でもできそうなボランティアに、申し込む事にしたのです。
それは、地域のイベントに来られる障がい者の方を、ガイドするというものでした。
私が案内(といっても、他のボランティアの方と、グループを組んでの案内でしたが)させていただいたのは、50代くらいの、車いすで、発語の無いAさんでした。
毎年、そのイベントに参加するのを、楽しみにしておられるとのこと。
車いすを押しながら、一緒に会場を回ったり、お昼を食べたりさせていただきました。
私が衝撃を受けたこと。
それは、昼食のときに、Aさんがビールをジョッキで頼まれたことです。
一年に一度、ここに来てビールを飲むのが楽しみ!とのこと。
ビールを飲まれたときの、Aさんの晴れやかな笑顔、今でもはっきりと覚えています。
それの、何が衝撃だったかというと。
障がい者の方、というのは。
清廉潔白、まじめで努力家、お酒やたばこなんてもってのほか!
生きる事に懸命で、楽しみなんてあまりない。
という風に、その頃の自分は、無意識に考えていたんだと思います。
(本当に、若かりし自分…お恥ずかしいかぎりです(><)
気分を害された方がいられましたら、お詫びいたします。)
ボランティア当日、ガチガチに緊張していった私だったのですが
ビールを本当に美味しそうに飲み干す、Aさんとご一緒しながら
なぁーんだ!自分とおんなじじゃん!
と思ったのです。(いやいや、お酒好きってことじゃなくてね!)
障がいのある方だって、
きっと自分と同じように、悩みもするし、失敗もするし。
きっと自分と同じように、楽しみや、好きな事だっていっぱいあるんだ。
それからは、Aさんとの心の距離が(自分の中で勝手に)縮まり
肩の力を抜いて、楽しく食事介助をさせていただくことが、できました。
Aさん、お元気かな。今年もイベントにいらっしゃったのかな。
私の意識を変えてくれた、Aさんが、日々、すこやかに過ごされていますように。