気の科学38 竹のエネルギーを用いたムーの科学 | 野人エッセイす

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森羅万象から見つめた食の本質とは

竹は誰でも知っているが実は特別な植物だ。

竹は木にも草にも属さない特異なもので、その成長エネルギーは凄まじく、あの太いタケノコは1日に最大1m伸びる。

同じくらい伸びる植物は日本では葛のツルくらいだが、せいぜい箸の太さだ。

足の太さほどの茎がそんなに伸びるメカニズムとエネルギーは驚異的で、詳しくは解明されていない。

野山で竹が群生している様子は皆見ているだろうが、竹に勝てる植物など地球上にはなく、すべてを枯らしてその領域を広げて行く竹は別格なのだ。

十数年前から竹の凄まじいエネルギーを研究していたがいまだにわからない。竹は昔から身近に利用されてきたが、実用的なものは籠や箸やタケノコくらいだ。


野人が情熱を傾けたのは「竹の気」であり人知をしのぐ宇宙的なエネルギー。
太平洋に沈んだムーの民はこの竹の持つエネルギーを科学に取り入れていた。

ムーの文明では最も重要なエネルギーだったのだ。

アジアやアメリカ大陸ではなくムー大陸を選んだのはそこが竹の宝庫だったからだ。

ムーの祖先は地球へ来る前から竹を利用していた。

竹は地球固有のものではない、だから人類にとって摩訶不思議な「例外」なのだ。

竹は竹だけではその力を発揮せず成長が驚異的と言うだけだ。

力を発揮するにはあるものが二つ必要だ。

ひとつはアルゴン、もしくはネオン、二つとも一般的ではないが、身近な気体だ。

大気は様々な気体で出来ているが、構成の順は窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素、ネオンとなっている。

1番、2番、4番は子供でも知っているが、この二つは初めて知った人も多いくらい目立たない。

せいぜい蛍光灯か夜の街のネオンくらいで、二つとも1890年代に相次いで発見された。

窒素や酸素や二酸化炭素は化合物や「酸化」や生命活動の過程において身近に感じているものだがアルゴンは違う。

他の元素とは一切化合物を造らない「不活性ガス」なのだが意味もなく存在しない。


もう一つは「ある植物」つまり草なのだがいまだにわからず、葉の形のイメージだけは頭の中にある。

竹、アルゴン、草、この三つで人知も及ばないエネルギーが発生する。

竹薮の中の下草にこの草を使い、そこにアルゴンガス、もしくはネオンを加えれば良いのだが、具体的にどうすれば良いかはわからない。

苦しい時の神頼み、ムー最後の王「ラ・ムー」に聞いても、「教える事は出来ない、自分で考えよ」と言うだけ(笑)

大事な竹ちゃんを放り出したままだが、いつかそのうちわかるだろう。

考えている事は間違ってはいないようだ。

本能と気の研ぎ澄まされた人は竹の持つ独特のエネルギーに気づいているはず、それが何かはわからなくても・・・

人類の祖先は竹と共に生き、それは今とは全く異なるエネルギー文明だった。

だから今も理解出来ない遺跡が世界各地に残っている。

太陽エネルギーと磁力と水素と竹とアルゴンはムーの科学そのものだ。

ムーは動力エネルギーと生命エネルギーを森羅万象の道理に沿って使いこなしていた。

だから平均100歳以上も生きられたのだ。

今の科学や医学は方向がどこか間違っているから、進むほどガンなどの病気や環境破壊も進んだ、そう感じている人は多いだろう、「何故?」・・と。

それらは学問の分業、治外法権がもたらしたものであり、官僚や地方の役場にもその傾向が現れている。

余談になるが、世界各地で目撃される未確認飛行物体が地球に来る目的の大半は「竹」だ。野人も日中3度ほど遭遇したが、そのほとんどが竹薮。

そう言われて心当たりのいる人もいるだろう。

野人が住んでいた活火山の諏訪瀬島も島中が琉球竹に覆われている。

かぐや姫も話も案外そんなところから生まれたのかも知れない。

竹とUFOの関係、こんなことを言い出すのは野人だけか・・・・