ボクが思う前者って、周りからの情報だったり、常識とか一般的とか効率とかそんな言葉を使いたがることが多いと思うの
判断基準が自分判断でなく、周りの情報や過去のデータだったり今知っている知識を総動員かけて安心感を掴むのよね
後者の人って、なんや知らんけどみたいな感覚が大きいのよ
当然データなんかは扱うけど、それはそれとして今の気持ちがどうか重要みたいで
例えばボクなんかは買い物の計画を立てると、時間やら行く場所やらをその通り実行しないとイライラしちゃうのね
でも後者の人って、計画は立てるけどその通りに進まなくても全然かまわなくて、むしろ途中でもワクワクするものを見つけるとそっち優先で計画なんてどうでもいいんだって
最終的な目的地に着けばいい、最悪つけなくてもいい
これ最初聞いたとき意味わからんかったわ(;^_^A
だって目的地で買い物することが目的でしょ
それ以外必要ないじゃん、無駄みたいな
もちろん前者でもそうできる人もいますが、それは前者の枠がすでに広がってる人
自分の中のありえないを許可できてる人か最初からOKな人
前者ってそれぞれ人に枠みたいなものがあってさ、たぶん常識とか普通とかがそれに当てはまるのだろうけど
それをいかに前提や常識を破って枠を広げていくことが本質での成長につながると思うの
後者の人ってその枠がないのよ、おもしろいことに
もちろんとらわれることはあるけど、基本ないの
だから周りの評価を恐れず自分にいいよって言ってあげてほしい
ぢんさんがね、以前のBeトレで前者の能力値は平均的で円みたいだけど、そのままの自分を受け入れることで平均的なまま能力値の円が大きくなっていくって言ってたのね
こんな感じ
きっとそれは自分の中を許可することもそうだけど、人を許可していくことも同じことだと思う
前者同士でもありえないことを許可することはできるけど
それを枠のない後者を知ることによって、ありえない世界をみることができるのよ
だからこそ前者は後者を理解すること
さらに後者を許可し受け入れて、後者的に生きていくことで
自分の感覚がより澄んでいく感覚かな
まぁどんなにがんばっても感覚において後者には敵わないけどね(;´▽`A``
とたまには語ってみたナズスクール6期心身カウンセラー松本雄二でした
