広汎性発達障害とクオリア、SSRI
クオリアとは日本語では「感覚質」と訳されているが、この言葉を知らない人も多いのではないかと思う。過去ログの「知覚変容発作」ではREMのDaysleeperを取り上げ、(以下抜粋)
R.E.M.のDaysleeperという楽曲は、彼らの昼夜逆転生活について語っている。当時、彼らは全員、夜にぶっ通しで仕事をして朝から寝ていたらしい。だから彼らはみなDaysleeperなのである。朝、これから寝る時に朝刊を読む。マイケル・スタイプは、
I see today with a newsprint fray
と表現しているが、なんだか笑ってしまった。確かにその通りだ。これこそ、体調による感覚変化なんだと思う。僕も朝、徹夜明けで新聞を読むと、なんだか新聞紙がいつもと違って、いかにも再生紙のように見えて、擦り切れた表面の荒れみたいなものを感じる。
という記事を書いているが、この「新聞紙がいつもと違って、いかにも再生紙のように見えて、擦り切れた表面の荒れみたいなものを感じる」といったような感覚もクオリアの1つである。
つまり新聞紙の表面を触った感覚とコピー用紙を触った感覚はいかなる人でも違う。この「感じ」こそクオリアである。
このクオリアという主観的体験はサイエンスの中でもよくわかっていないものの1つである。脳の中でどのような神経回路?を経てそのような「主観的体験」をイメージできるのだろうか?
クオリアのメカニズムは良くわかっていないが、日常臨床の治療過程で、個々患者さんのクオリアの変化(改善や悪化)などは観察可能である。精神科医はいつもそういう場面を観察しているような職種である。
過去ログの「口腔内セネストパチー」では、患者さんの歯や舌のクオリアがデプロメールにより変化し改善の方角に向かっているのがわかる。また他の記事では、パキシルにより光がまぶしいとかハンドルが太く感じるなどのクオリアの変化が生じることに触れている。
少なくとも、SSRIはヒトのクオリアに変化を及ぼすが、これが良い場合は治療的といえるし、悪い場合は副作用や有害作用とみなされることがわかる。
これらから、SSRIはヒトのクオリアに影響を与える薬物と言えるが、他の向精神薬や例えば内因性のホルモンなどにそのような作用がないとはいえない。例えば、ノルアドレナリンやドパミンを出させるような薬物もヒトのクオリアを変化させる。
うつ病を治療していくと、最初は何を食べても味がなく、砂を噛むような感じであった人が次第に味がわかるようになる(参考)。これもクオリアの変化である。普通、クオリアはセロトニンと深く関係しているようには見えるが、それが全てではない。
うちのオヤジは癌になった後に次第に味覚が変化し、いちいち母親に注文をつけ、ちょっと変わった味付けの食事を作らせるようになった。当時、たまに帰省した時、食事の不味さに絶句したが、最初は母親に何かが起こったと思った。
しかし母親に聞いてみると、オヤジが色々と妙ことを言いつけていたからであった。その後オヤジが亡くなり、やがて味付けは元に戻った。このようなことを見ても身体疾患によってもクオリアが変化することがわかる。最初に挙げた、R.E.M.のDaysleeperは、徹夜でクオリアが変化しており体調の変化によるものである。
元々、広汎性発達障害を始め器質性疾患の人々はクオリアの偏位みたいなものが生来性に生じている。
例えば、広汎性発達障害の食物の好き嫌いなどを詳細に聞いていると、例えば○○の歯ざわりが嫌いだ、などという。嫌いな物の理由が一風変わっていたりするのである。
広汎性発達障害の人で飛びぬけて音楽の才能があるとか、絵画やデザイン、イラストの才能がある人はこのようなクオリアの偏位が良いほうに開花していると言える。ただ、これだけで済まないのが現実で、本人は大変というのも多い(そうでない人もいるが)。
実際、広汎性発達障害の人で社会的に大成功を収めており、大金も手にしているのに、慢性的な希死念慮に苦しんでいることがある。
臭いでは、その感じ方のある種の異常(これもクオリア)のため、街に出られない人がいる。本人に聞くと、自分の臭いが他の人に伝わるので恥ずかしいという。これは元々自己臭というクオリアの異常感覚から来る発展型である。普通は自分の臭いなどほとんど気付かないものだろうが、その人は敏感に感じ、それに対し微妙な2次妄想が生じているといえる。だから、自己臭症は器質性ないし発達障害的色彩を持つ精神所見と思う。
広汎性発達障害の人たちの中で、相手の表情が全く読めない人がいる。これもクオリアの偏位ないし異常である。自閉症の人で特定の音に過剰反応するなどもクオリアの問題が大きい。
ポリ・サージェリー(特に問題がないに種々の手術を受ける人。満身創痍になる)の人もある種のクオリアの偏位があるといえる。ポリ・サージェリーの人はどこか痛みや痒みなどの感覚が通常の人と異なっているから、そういう経過になるのである。その意味ではポリ・サージェリーの人は広汎性発達障害かどうかはともかく器質的色彩が大きいといえる。
そういう風に考えていくと、「身体表現性障害」の人の最も大きい問題は「クオリアの偏位」ということになりそうである。
これらのクオリアの偏位は最初に触れたように、SSRIで変化する。それが治療的かどうかはやってみないとわからないが、統計的に、あるいは確率的に「口腔内セネストパチー」などは良い方角に行く確率が高い。これはなぜそうなるのかは、クオリアの正体がわかっていないので不明だが、臨床的にはそうなのである。
一般の広汎性発達障害の人々の苦悩の原因となっているクオリアの偏位は、SSRIで快方に向かう確率が非常に高いとまでは言えない。少なくとも「口腔内セネストパチー」より低いことはほぼ間違いない。これは調べたわけではないが、臨床の感覚ではそうなのである。
広汎性発達障害あるいは器質性障害(および診断未満の人たち)のクオリアの異常は、確率的にはSSRIである程度のレベルまで改善しうるとはいえる。これは期待値的に処方する価値があるといった感じだ。ただ、ちょうど波長が合わないとダメなのであった。
これはたぶん、SSRIは勝手な調子でクオリアのチューニングを変化させているに過ぎないからであろう。だからこそ、セロクエルやセレネースの方がよほどマシということはある。勝手な調子で変化させるので、薬物療法的にはかなりの幅があるし、試行錯誤が必要なのである。
ADHDの人たちの多動、衝動、攻撃性などの治療にカタプレスやセレネースを使うのは真に対症療法である。なぜなら、脳の興奮部位のノルアドレナリンやドパミンを抑制しているだけだから。しかし、リタリンのような交感神経作動薬の場合は、一見、悪化しそうな薬理作用を持つ薬を処方するだけに、間接的な作用で改善しようとしている点で、本質的な部分に一歩近づいているとはいえると思う。(これも対症療法であろうが)これもクオリアのチューニングであろう。
ちょっとまとまらず書いてきたが、広汎性発達障害の人の苦悩に、なぜSSRIでわりあいうまく行く人と、逆に怒りが爆発し困ったことになる人もいるのがなんとなくわかってもらえたと思う。
参考
知覚変容発作
口腔内セネストパチー
甘いものが無性にほしくなる
Xファイル
R.E.M.のDaysleeperという楽曲は、彼らの昼夜逆転生活について語っている。当時、彼らは全員、夜にぶっ通しで仕事をして朝から寝ていたらしい。だから彼らはみなDaysleeperなのである。朝、これから寝る時に朝刊を読む。マイケル・スタイプは、
I see today with a newsprint fray
と表現しているが、なんだか笑ってしまった。確かにその通りだ。これこそ、体調による感覚変化なんだと思う。僕も朝、徹夜明けで新聞を読むと、なんだか新聞紙がいつもと違って、いかにも再生紙のように見えて、擦り切れた表面の荒れみたいなものを感じる。
という記事を書いているが、この「新聞紙がいつもと違って、いかにも再生紙のように見えて、擦り切れた表面の荒れみたいなものを感じる」といったような感覚もクオリアの1つである。
つまり新聞紙の表面を触った感覚とコピー用紙を触った感覚はいかなる人でも違う。この「感じ」こそクオリアである。
このクオリアという主観的体験はサイエンスの中でもよくわかっていないものの1つである。脳の中でどのような神経回路?を経てそのような「主観的体験」をイメージできるのだろうか?
クオリアのメカニズムは良くわかっていないが、日常臨床の治療過程で、個々患者さんのクオリアの変化(改善や悪化)などは観察可能である。精神科医はいつもそういう場面を観察しているような職種である。
過去ログの「口腔内セネストパチー」では、患者さんの歯や舌のクオリアがデプロメールにより変化し改善の方角に向かっているのがわかる。また他の記事では、パキシルにより光がまぶしいとかハンドルが太く感じるなどのクオリアの変化が生じることに触れている。
少なくとも、SSRIはヒトのクオリアに変化を及ぼすが、これが良い場合は治療的といえるし、悪い場合は副作用や有害作用とみなされることがわかる。
これらから、SSRIはヒトのクオリアに影響を与える薬物と言えるが、他の向精神薬や例えば内因性のホルモンなどにそのような作用がないとはいえない。例えば、ノルアドレナリンやドパミンを出させるような薬物もヒトのクオリアを変化させる。
うつ病を治療していくと、最初は何を食べても味がなく、砂を噛むような感じであった人が次第に味がわかるようになる(参考)。これもクオリアの変化である。普通、クオリアはセロトニンと深く関係しているようには見えるが、それが全てではない。
うちのオヤジは癌になった後に次第に味覚が変化し、いちいち母親に注文をつけ、ちょっと変わった味付けの食事を作らせるようになった。当時、たまに帰省した時、食事の不味さに絶句したが、最初は母親に何かが起こったと思った。
しかし母親に聞いてみると、オヤジが色々と妙ことを言いつけていたからであった。その後オヤジが亡くなり、やがて味付けは元に戻った。このようなことを見ても身体疾患によってもクオリアが変化することがわかる。最初に挙げた、R.E.M.のDaysleeperは、徹夜でクオリアが変化しており体調の変化によるものである。
元々、広汎性発達障害を始め器質性疾患の人々はクオリアの偏位みたいなものが生来性に生じている。
例えば、広汎性発達障害の食物の好き嫌いなどを詳細に聞いていると、例えば○○の歯ざわりが嫌いだ、などという。嫌いな物の理由が一風変わっていたりするのである。
広汎性発達障害の人で飛びぬけて音楽の才能があるとか、絵画やデザイン、イラストの才能がある人はこのようなクオリアの偏位が良いほうに開花していると言える。ただ、これだけで済まないのが現実で、本人は大変というのも多い(そうでない人もいるが)。
実際、広汎性発達障害の人で社会的に大成功を収めており、大金も手にしているのに、慢性的な希死念慮に苦しんでいることがある。
臭いでは、その感じ方のある種の異常(これもクオリア)のため、街に出られない人がいる。本人に聞くと、自分の臭いが他の人に伝わるので恥ずかしいという。これは元々自己臭というクオリアの異常感覚から来る発展型である。普通は自分の臭いなどほとんど気付かないものだろうが、その人は敏感に感じ、それに対し微妙な2次妄想が生じているといえる。だから、自己臭症は器質性ないし発達障害的色彩を持つ精神所見と思う。
広汎性発達障害の人たちの中で、相手の表情が全く読めない人がいる。これもクオリアの偏位ないし異常である。自閉症の人で特定の音に過剰反応するなどもクオリアの問題が大きい。
ポリ・サージェリー(特に問題がないに種々の手術を受ける人。満身創痍になる)の人もある種のクオリアの偏位があるといえる。ポリ・サージェリーの人はどこか痛みや痒みなどの感覚が通常の人と異なっているから、そういう経過になるのである。その意味ではポリ・サージェリーの人は広汎性発達障害かどうかはともかく器質的色彩が大きいといえる。
そういう風に考えていくと、「身体表現性障害」の人の最も大きい問題は「クオリアの偏位」ということになりそうである。
これらのクオリアの偏位は最初に触れたように、SSRIで変化する。それが治療的かどうかはやってみないとわからないが、統計的に、あるいは確率的に「口腔内セネストパチー」などは良い方角に行く確率が高い。これはなぜそうなるのかは、クオリアの正体がわかっていないので不明だが、臨床的にはそうなのである。
一般の広汎性発達障害の人々の苦悩の原因となっているクオリアの偏位は、SSRIで快方に向かう確率が非常に高いとまでは言えない。少なくとも「口腔内セネストパチー」より低いことはほぼ間違いない。これは調べたわけではないが、臨床の感覚ではそうなのである。
広汎性発達障害あるいは器質性障害(および診断未満の人たち)のクオリアの異常は、確率的にはSSRIである程度のレベルまで改善しうるとはいえる。これは期待値的に処方する価値があるといった感じだ。ただ、ちょうど波長が合わないとダメなのであった。
これはたぶん、SSRIは勝手な調子でクオリアのチューニングを変化させているに過ぎないからであろう。だからこそ、セロクエルやセレネースの方がよほどマシということはある。勝手な調子で変化させるので、薬物療法的にはかなりの幅があるし、試行錯誤が必要なのである。
ADHDの人たちの多動、衝動、攻撃性などの治療にカタプレスやセレネースを使うのは真に対症療法である。なぜなら、脳の興奮部位のノルアドレナリンやドパミンを抑制しているだけだから。しかし、リタリンのような交感神経作動薬の場合は、一見、悪化しそうな薬理作用を持つ薬を処方するだけに、間接的な作用で改善しようとしている点で、本質的な部分に一歩近づいているとはいえると思う。(これも対症療法であろうが)これもクオリアのチューニングであろう。
ちょっとまとまらず書いてきたが、広汎性発達障害の人の苦悩に、なぜSSRIでわりあいうまく行く人と、逆に怒りが爆発し困ったことになる人もいるのがなんとなくわかってもらえたと思う。
参考
知覚変容発作
口腔内セネストパチー
甘いものが無性にほしくなる
Xファイル