ハット:H&M
タンク:UNIQLO
パンツ:NO BRAND
ビーサン:havaianas
バック:自作リメイク
一昨日コーデです。
柄パンツはかつて訪れた鹿児島の
市内セレクトショップにて一目惚れしたインポートもの。
かごバックはマルシェバックにフリンジ縫い付けたリメイク。
↑
ってほどでもないけど。^^;
ピアスはブレスと一緒にオーダーしたこちら↓
鹿児島は買い物しに行ったわけでなく、(笑)
鹿児島・知覧にある、
特攻平和会館に行ってみたかったというのが旅の目的でした。
偶然にも一昨日の夜、
特攻隊の題材にした
映画『永遠の〇(ゼロ)』がテレビで放送されていて、
書籍の方は発売当初に旧ブログで感想を書き、
その流れで二年前に行ったのが鹿児島・知覧。
映画は観てなかったから、
いろいろな思いを巡らせながら、観入ってしまいました。
旧ブログの読者さんはご存知の通り、
毎年終戦記念日周辺とか、それ以外にも、
そっち系の話題を度々記事にしてきた
偽善者な一面も持っていまして。^^;
年を重ねるごとに、
旧作、新作ランダムにそれ系映画を観る機会も積み重なっていき、
もちろん、それら作品には美化されたもの、
限りなく真実に近い内情が描かれたものなどあるので、
以前にも書いた通り、
戦争そのものについては、日本が被害者だなんて思いは微塵もなく、
どっちもどっち・・・という感想が正直なところ。
ただ、その時代に生きていたってだけで、
あまりにも多くの人達、
その一人一人の人生が『戦争』という二文字に巻き込まれ、
凄惨極まりない境遇を余儀なくされたことは、
永遠に消えることはない負の歴史として存在し続けることは事実。
一昨日映画を観終わってそんなこと考えていて、
改めて、
”なぜ、そんなこと(戦争)が起きたのか?”
なんて、考えていて、
時系列的な、植民地争いが発展して・・・とかそういうのじゃなく、
”そもそもなぜ、そんな国と国とが争い殺し合い、
国民の命を楯にしてまで勝たなければならないような事態(戦争)が起きたのか?
って考えてみたのですね。
で、
いろいろ考えた割には、
大した結論には至らなく、
イマイチ腑に落ちない感は否めないながら思ったこと、
毎度のベタな精神論になっちゃうのですが、
”自分(自国)のことしか考えない”
ってよくないよね、
”相手の立場を思いやる心”
って大事だよね。
って、
そんな人としての根本を後世に残す為だったのじゃないかとか、
元を辿れば、そんなことなんじゃないかと思えてきたのですよね。
今年で戦後70年、
遠い昔のようでもありつつ、
私たちの親世代が生まれた近い時代には、
そんな根本のことをわからない権力を持ったお偉いさんが台頭していた時代。
そして、その考えに従うしかなかった国民。
そんなんじゃ、こうなるぜー!
って、
”こうなる”の代償はあまりにも大き過ぎて、
そのツケは70年経って一見平和そうに見える今でも、
燻ってたり、再熱したり、
ひとつひとつあげてたらキリがないほど繰り返しているわけで。
”自分(自国)のことしか考えない”
ってよくないよね、
”相手の立場を思いやる心”
って大事だよね。
”戦争”
その時代を生きていなかった自分には
”昔起きた出来事”というように、
どこか他人事みたいな、
距離がある言葉ながら、
それについての思考を掘り下げてそう気付くって、
自分がそういうのできてないってことなんだろうな~と。
集団的自衛権がどうとか、自衛隊海外派遣反対!!とか、
そういうの声高に論争することも大事だけど、
まずは、
自分自身、一(いち)人間の在り方から
見直していかなくちゃだよな~と。。
前にも書きましたが、
私の大叔父はルソン島という島で戦死していて、
私の夫の本当の祖父、(祖母は戦後再婚)もフィリピンで戦死。
幼少時代住んでいた家の近くのおじいさんは片脚がなくて、
『爆弾で飛ばされたんだ』って言ってたな~なんて思い出し。。
そういう人達の尊い命や、
失った脚や、失った多くのものとか、
生き残った者、
残された家族が背負ってきた思いとか、
毎年この時期になると、
そういうの考えちゃうのですよね。
~Today's self coaching~
70年前、
戦争に巻き込まれ亡くなっていった方々は、
現代がどんな世の中であることを望んでいると思いますか?
どんな些細なことでも、
その為に自分ができることって
どんなことだと思いますか?^^
ランキング応援いただけると
ブログ更新の励みになります!
↓いつも応援ありがとうございます。
トラコミュ
バ
ンザイ突撃~特攻隊
戦争映画
戦争のない未来のために
戦争より平和を
平和共存
幸せについて




