★嫌われたとき、その2 | 心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba

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見えないけれど、やさしく包んでくれる。
風のように、水のように、普通の幸せに気づける、
そんなお話をお届けしようと思います。

「嫌われたとき」読みました。
最近いくつかの書き込みを読んでなかったのに、
読もうと思ったらコレでした。
必要だったんでしょうね。

で、思ったこと。

たしかにそうなんです。
わかってるんです。
自分の全てを否定されてるわけじゃないって。
でも食べ物だったら自分が好きか嫌いかだけなんだけど、
相手が人になるとそう思えないことがある。

それは、
好きな人に「嫌われたくない」からです。
これはどう解決したらいいですか?

えと、
食べ物がそれで悩まないのは(多分悩んでないと思う
「嫌われる」という概念がないからなんですよね。

で
「嫌われたくない」のは
「嫌われる」という概念があるわけで、

その前提には
「わたしは、何かをすると、もしくは、なにかをしなければ、嫌われる」

というものがある。

ということは
「わたしは、嫌われるひと」
という前提があるということ。

「思ったままに生きていると嫌われる」
という前提で生きているということ。

そして
「嫌われたら、わたしは終わり」
という概念も持っている、ということです。


どこで、その概念を仕入れてきたんでしょうね。

そして
その概念、ホント?

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