「嫌われたとき」読みました。
最近いくつかの書き込みを読んでなかったのに、
読もうと思ったらコレでした。
必要だったんでしょうね。
で、思ったこと。
たしかにそうなんです。
わかってるんです。
自分の全てを否定されてるわけじゃないって。
でも食べ物だったら自分が好きか嫌いかだけなんだけど、
相手が人になるとそう思えないことがある。
それは、
好きな人に「嫌われたくない」からです。
これはどう解決したらいいですか?
最近いくつかの書き込みを読んでなかったのに、
読もうと思ったらコレでした。
必要だったんでしょうね。
で、思ったこと。
たしかにそうなんです。
わかってるんです。
自分の全てを否定されてるわけじゃないって。
でも食べ物だったら自分が好きか嫌いかだけなんだけど、
相手が人になるとそう思えないことがある。
それは、
好きな人に「嫌われたくない」からです。
これはどう解決したらいいですか?
えと、
食べ物がそれで悩まないのは(多分悩んでないと思う
「嫌われる」という概念がないからなんですよね。
で
「嫌われたくない」のは
「嫌われる」という概念があるわけで、
その前提には
「わたしは、何かをすると、もしくは、なにかをしなければ、嫌われる」
というものがある。
ということは
「わたしは、嫌われるひと」
という前提があるということ。
「思ったままに生きていると嫌われる」
という前提で生きているということ。
そして
「嫌われたら、わたしは終わり」
という概念も持っている、ということです。
どこで、その概念を仕入れてきたんでしょうね。
そして
その概念、ホント?
