「こんな時だから、今出会う本が子どもたちの一生の支えになる。」と、2011年7月、「いわてを走る!移動図書館プロジェクト  立ち読み、お茶のみ、おたのしみ」を始め、地域に受け入れられていくまでの記録。

あの3・11からちょうど3年。マスコミは思い出したように挙って被災地を取り上げますが、その間もこれからも毎日毎日ずっと現地の生活は続いているのだ、ということを忘れずにいたいと思います。

筆者は、公益社団法人シャンティ国際ボランティア会というNGOの一員として、内戦後のカンボジアに入り、ポル・ポト政権の焚書から10年以上経っても国立図書館に図書が500冊という状況下、8年間小学校の図書室作りをしていました。
ポル・ポト時代には、「鉛筆を持てるだけで、字が書け、危ない文章を回覧する可能性のある人物」として捕まったというのには驚きました。

シャンティは、阪神・淡路大震災では緊急支援のボランティアも経験したものの、日本国内での図書館プロジェクトは初めてでした。震災直後の現地に入って3週間、まだ本ではないと思っていたところが、現地の声は、食べ物は食べたらなくなるけど、本は残る。こんな時だから、今出会う本が子どもたちの一生の支えになる。というものでした。図書館は、「心の診療所」として必要とされていたのです。病気入院中、決まった曜日に院内図書が回ってくるのが楽しみになっていたのを思い出します。

聴き取りに行った図書館の人的・物的被害状況。
阪神・淡路大震災での活動をまとめた「混沌からの出発」を参考にしたこと。
遠野に拠点を設けます。
事務所を作り、軽トラック改造で移動車を確保し、書店や自治体と連携し、ネーミングを考え・・・プロジェクトが立ち上がるまでの仕事ぶりも、ボランティアに限らず参考になります。

移動図書館が回っていった先の仮設住宅団地での反応を記録した後半には、たくさんの懐かしい書名が出てきます。
思い出の本。立ち上がるための本。誰かのために選ぶ本。
借りていく人、返しに来る人が語っているのは直接には本の感想だけれど、その人の人生そのものだという気がしました。
読んでいて泣けてしまいました。

宮沢賢治は1896年明治三陸大津波の年に生まれ、1933年昭和三陸大津波の年に37歳で亡くなっています。その短い間に関東大震災もありました。そう思って読む「雨ニモマケズ」は違うかも。

ボランティアは主人公ではなく「触媒」だ、と著者の属するNPO「シャンティ」では言われているそうです。
それはある意味当然です。ボランティアが去った後にも当事者の人生は続き、不用意な援助はそれ自体が二次災害になりかねない。

本は、自分では世界を変えません。でも、変わらずそこにあることによって、時空を超えて人と人とをつなぎ、その人の力が世界を変えてゆく。
本こそ、触媒ではないでしょうか。
本は、人間の連帯の手段だから、本を破壊するということは犯罪的致命的なのですね。

本のチカラ、人間の連帯の力を信じたいと思える一冊でした。走れ!移動図書館: 本でよりそう復興支援 (ちくまプリマー新書)/筑摩書房

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