カズ姐さんのマスター、卒業でござる~。 | こころのあそび場。 

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日々のあれこれ。

ども、べんです。


約1年かけて学んできた、
カズ姐さんのNLP心理学講座 、


想像を越えたハードさは、
すでにちまたで有名ですが、


この1年で流した涙(・・と鼻水)の量は、
それまでの約40年の合計降水量をはるかに超え、


時にゲリラ豪雨並みの嗚咽にむせびながら、


なんとかサバイバルしてきました。


心の筋肉、モリモリついた気がする・・・。


心理っていうか、「人間」そのものを学んだなぁ。


人としての在り方だったり、
人の尊厳だったり、


大切なお宝を、いっぱいいっぱい手に入れて、


めでたく卒業~♪





カズさんの講座って、


「私みたいな人間は、幸せになれるはずがない」と、

無意識のうちに身も心も痛めつけ、


真っ黒いボロ雑巾になりかけてるような人たちが、

地を這うようにたどり着くターミナルステーション。


「どこに行ってもダメだった。もうここが最後・・・」って。


私自身、


心はいつも乱高下し、
人が信じられずにビクビクして、


その一方で、
人を見下しながら生きていた。


それが、、、カズ姐さんの存在を知り、

恐る恐る会いに行ったら、


「カズ姐式洗濯機」の中へドボンと投入されたわけ。


(例えが洗濯機しか思いつかず・・・)



「ピッ」とスタートボタンが押されると同時に、


もうね、


鳴門のうず潮ばりに、すんごい勢いで、


ぐるんぐるん揉まれ、


ぐぉんぐぉん揉まれ、


仲間どうし絡まりあって、


揉まれに、揉まれて、


あ~~~れ~~~

グルグルグルグル、


・・・・・・・・・・・・・・、


半ば放心状態になった所で、


「ピピーッ」

水洗い終了~~。


「なんじゃこりやーーーーっ!

大変な所に来ちまった・・・。」


でもね、大変なのは実はこれから。


その「カズ姐式洗濯機」って、

今どきの“全自動”じゃないのよ。


二槽式よ、二槽式っ!!


その後、洗濯を続けたければ、


「自力で脱水槽へ移って、自力でブルブル脱水どうぞ」って。。。


・・・え゛、自分でやるんすか??


なんて心の底でほんのちょっと思っただけでも、


いとも簡単に見抜かれ、


「あたりまえじゃ~~っ!!」と、泉谷の一喝!


それでも“全自動”にこだわって、
洗濯槽の中に居続けると、


そのうち、もわ~んって蒸れてきて、

自分のニホヘに耐えられず、


結局また水洗いからやり直すことになるわけ。




「どうする?どうするよ?自分・・・」


頭の中、グルグル・・・。


いやいや、頭じゃなく、体に聞いてみる。


「ほんとはどうしたいの?」


そして、、


「パリッと乾きたいんじゃ、ワシっ!!」ってなったら、


勇気を振り絞って、自ら脱水槽へ。

ブルブルガタガタ しながら脱水開始。


回転中、


「怖いーっ」

「悲しいーっ」

「腹が立つーっ」って、


自分の感情を、感じて、認めて・・・。


ただ感じて、認めて・・・。


ただただ、感じて・・・。


そうやって、回転が収まるまで、
自分の気持ちを受け止める。


すると、、、


すっかり忘れかけていた、
もとの自分色が、


薄っすらだけどよみがえってきたっ!


「そうそう、こんな色だったよね・・・」


そして、


「ピーッ、ピーッ、ピーーーーッ」


お疲れ様でした。洗濯完了です。


あとはもう、竿竹の下でゆらゆら風にふかれながら、

のんびり乾いていくのを待つばかり。


自分色のまま、ゆらゆらするのって、

こんなに気持ちよかったんだ~~。


表面上の汚れ(思考)だけでなく、

繊維の奥(細胞)から根こそぎガシガシ洗われるから、


まぶしいくらいの輝きを取り戻す人もいる。


他人の目線から解放され、


自分自身を大切にできるようになり、


自分の力で問題解決に向かって、


自ら幸せを選びとる。


自分の心に素直になったら、

生きることが楽しいと思えるようになった。


ほんと、体まで楽になった。


(ついでに、人と外でごはん食べる時、
自分が食べたいものを言えるようになった。

まだ1品だけだけど、大きな一歩。)


変えられるのは自分だけ。


そして、


心の爆弾、取り除けるのは自分だけ。


カズ姐さんの講座行って、
寿命伸びたと思う。


カズ姐さん、松本さん、

新しい命をありがとう。



本郷さん、

体の中に、安心安全の感覚をありがとう。


(からだもこころも、緩んで戻りません・・・)


そして同期の皆様、


ほんとーーーーにありがとね。


感謝を込めてカードを一枚贈ります。




種子には危険はない。

種子は千年も生き永らえることができただろう。


だが、芽には多くの危険が待ち受けている。


だが、芽は未知なるものへと、太陽へと、光の源へと、


どこともわからないまま、


なぜかもわからないまま、進みはじめる。


背負う十字架は大きい。


だが、種子は夢にとり憑かれ、進んでいく。



みんなー、勇気をありがとう。



また勉強会で会いましょう♪