現役看護師の中濱裕美です。
私の娘には、てんかんがあります。
小学校4年生の時、突然痙攣が起き倒れてしまいました。
昨日まで元気に過ごしていた娘に何が起こったのか。
唇は紫色になり、一瞬呼吸が止まった生気を失った娘の顔は、今でも忘れることはありません。
まだ10年しか生きていないのに!
これからたくさん楽しいことがあるのに、だめだよー!
泣きながら心臓マッサージをしていました。
呼吸が止まったのはほんのわずかな時間なのに、その時は何時間にも感じる程でした。
娘が死んでしまうという恐怖。
痙攣が起きた時にやってはいけないことを、すべてやっていた私は現役看護師です(汗)
その後、てんかんと診断され、内服治療が始まりました。
一種類の抗痙攣剤では痙攣をコントロールすることができませんでした。
救命士さんに「あれ、Mちゃん!」と名前を覚えられるほど、救急車に乗りました。
薬が身体に合わず、副作用にも苦しみました。
眠気が強く、授業中や行事中でも寝てしまいます。
その他にも、リンパ腺が腫れる、複視、めまい、吐き気に嘔吐、強いだるさ、身体の痺れ。
娘はどれだけの困難に立ち向かってきたのでしょう。
娘に、てんかんはどんな存在かな?と聞いてみました。
「絶対に、やっつけなくてはならないもの!」
自分を長い間苦しめてきたてんかんだから、無理もないかもしれません。
あのね、病気にもココロがあるんだって〜。
色々なことを気づかせてくれるみたいだよ〜。
そんな話をしてみました。
数日後、また同じ質問をしたら、こんなふうに答えていました。
「てんかんは私の友だち」
言葉が変わっていたので、ビックリしました。
敵と仲間では意味合いが全然違います。
宇宙の法則でも、いい人も悪い人も存在しません。
救急車のサイレンを聞くと、娘の痙攣が思い浮かび動悸がして泣いていた私。
バタンという物音がすると、痙攣で倒れた娘に結びつき動悸がしていた私。
職場で学校から電話ですと言われると、また倒れたと思い込み、血の気が引いて倒れそうだった私。
電話が鳴るのが恐くて、泣きそうだっだ私。
踏切は無事渡れたかな?
電車のホームで倒れて、電車にひかれたらどうしよう?
そんな心配ばかりの毎日でした。
UMIで、プラスのエネルギーを出しながら行動することの大切さを学びました。
心配で行動していたことは、マイナスのエネルギーであり、相手の成長を奪ってしまいます。
だから、心配の愛ではなく、信頼の愛で子育てをすること。
意識を変えて行動していたら、娘の病気に対する私の心配もいつの間にか消えていました。
今でも、娘のてんかんが治ったわけではありません。
てんかんを問題と思っていたら、私は今でも真っ暗なトンネルの中をさまよっていたと思います。
てんかんが問題だったのではく、私の心の問題だったのです。
娘は、今も薬は飲んでいますが、痙攣もなくとても元気で過ごしています。
体調の変化にも早めに気づくようになり、疲れたら自分から身体を休めることができるようになりました。
さらに、苦手なことにも自分からチャレンジするようになりました。
野菜嫌いだった娘が、自分から工夫し、嫌いなものが食べられてうれしい!と言うようになりました。
色々な場所で、色々な経験をさせてもらえるようになり、どんどん成長していきました。
何より、心が強くなり、自分の気持ちを伝えることができるようになりました。
小学生の頃、男の子から、雪の塊をぶつけられたり、椅子に画鋲を置かれてケガをしました。
でも、悲しい!やめて!と誰にも言えず、ずっと1人で耐えていた娘でした。
来週から、学校の郊外学習のため、企業での実習が始まります。
「前は途中で休んだ日もあったから、今度は体調管理して頑張る!と言っていました。
私が、私は能力がない、価値がない!を手放したら、娘の様子も変わっていました。
親と子どもの意識のパイプはつながっているので、すべて親の意識が伝わることを実感しています。
夫も娘たちも、今もそれぞれ病気を抱えています。
でも、病人は誰1人いない我が家です。
たくさん笑って、ギュッとハグしてお互いを尊重し、それぞれが自分の人生を歩いている家族になりました。
病気も障害も才能です。
こんなふうに自然に笑って過ごせる日がくるなんて、夢にも思っていませんでした。
UMI 6期の一般募集が始まっています。
私も、UMIを学び、生きづらさを手放して、楽しく、軽やかに、美しく生きています。(つもりです。笑)
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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