皆さま、こんにちは!
今回は2年前に訪れた信越本線・川中島(かわなかじま)駅です。
「川中島」と聞いて誰もが頭に思い浮かべるのは、
武田信玄と上杉謙信との間で起きた「川中島の戦い」でしょう。
千曲川と犀川が挟む三角地域は昔から川中島と呼ばれており、
合戦の舞台がその地域であったことから、この名が付いたとか。
川中島の地名、実は地名として正式に認められたのは
大正13年の川中島村発足からのことでして、
川中島駅が開業した大正6年以後の話というから大変ややこしいです。
しかも、駅がある場所は川中島古戦場から5キロも離れているという…
古戦場へは川中島駅で下車するよりも
長野駅善光寺口バスのりばから発車するバスに乗車して、
「川中島古戦場」バス停で下車した方がずっと楽ですので、
くれぐれもご注意のほど。
さてさて、日本の歴史には疎い自分ですが、
駅には興味がありますので、構内の様子を眺めてみました。
川中島駅は明治44年に開業した犀川信号場が前身。
長らくは、駅開業時に建立した古風な駅舎を持つ駅でしたが、
駅舎の位置に北陸新幹線の高架橋が設けられたために
平成7年に建て替えられ、高架橋下にある現在の駅舎に替りました。
駅舎を出ると長い通路があり、その先にある跨線橋を伝ってホームにイン。
高架橋自体は旧駅舎時代から使われているモノの流用品です。
古戦場、もとい跨線橋から北陸新幹線の高架橋を眺めました。
川中島駅は島式ホーム1面2線構造で、ホームも国鉄時代からのモノ。
旧駅舎時代は駅舎の南側に貨物の荷役ホームのほか、
駅西側には秩父セメント川中島サイトに繋がる専用線もあったようです。
昭和51年に撮影された航空写真より。
秩父セメント専用線までの貨物列車は平成9年まで運行されていたようですが、
現在は廃止され、サイロそのものも姿を消してしまったようですね。
画像の左側に写る住宅辺りにサイロがあったはずなんですが…
自分の父方の実家が長野県内なので、
この場所で、EF64に牽引されたタキ1900編成をよく見てました。
信越本線を往来する貨車は化成品輸送の雑多な形式が多くて、
見てるだけでホントに楽しかったです。
辺りは住宅地に変っちゃいましたけど、
犀川側に見える富士ノ塔山の絶景は昔のまんまでしたよ。
最後は駅前にそびえ立つ
川中島駅の「一駅一名物」にもなっている「樹のモニュメント」で〆。
こちらは本物の樹ではなく、大理石で出来ているものらしいです。
ところでところで…
北陸新幹線の開業により
長野県内の大部分の区間がしなの鉄道に移管した信越本線。
川中島駅がある信越本線の区間(篠ノ井駅‐長野駅間)は
わずか9,3キロになってしまったんですけど、
一層のこと、篠ノ井線に編入してしまえばいいのにとか言ったら
怒られちゃいますかね?
…というか、並行どころか線路が一体化しちゃっているこの区間も
てっきりしなの鉄道に移管されると思っていたのですが。
篠ノ井駅
今井駅
川中島駅(平成26年2月11日)
安茂里駅
長野駅













