2002年8月。
『なげきの丘』事件の翌日である。
予想どおり○○事務所にて泊まり込みの作業となり、朝早く東京を出て、とある県のとある市へ行ったのだった。
これは電車での移動となった。
「チンクで行こうか?」
という話も出たのだが、
「普通車で行くより1時間は余計にかかる。」
ということで却下され電車になったのだ。
とっても失礼な人達である。
だが今にしてみればその判断は正解だった。
あのままチンクでいっていたら・・・。
とある設計競技の『第一回質疑応答』は滞りなく終わり、その日は皆それぞれに予定があったため、現地解散となった。
私は○○事務所に車を停めっ放しだったので市ヶ谷に戻ってきた。
「さ~て帰るか。この3日間はハードだったなー。」
時間は20時を回っていた。
「もうこの時間なら空いているから30分で帰れるな。ようやく自分のベッドでゆっくり眠れるぜ。」
睡眠時間を最低限しか確保していなかったため、さすがにくたくただった。
エンジンフードを開け、半開きで固定する。(これは空冷エンジンの放熱のためである。)
続いてキャンバストップを開け、新鮮な空気を車内に取り込む。
イグニッションキーを差し込み、右に目一杯ひねると、オイルの警告灯と、ジェネレーターの警告灯が赤く光る。
(これは正常な反応である。このランプが点灯しないときはトラブルである。以前聞いた話だが、アルファロメオのスパイダーを新車で買った人がいて、夜間走行中はメーターランプが点灯しなかったのだが、「さすがイタ車!こういうものなのだろう。」と思いそのままにしていたそうだ。ところが、車検のときの代車がやはりスパイダーだったのだが、夜走って見るとなんとメーターランプが晃晃と輝いていたらしいのだ!それはそれはたいへんなショックだったらしい。3年間も知らなかったのだから当然の反応であろう。笑。)
警告灯を確認したらチョークレバーを引き、アクセルペダルを2~3回踏み込んで、ガソリンをエンジンに送ってやる。
あとは、スターターレバーを引いてやれば、
『ブリリン!』とエンジンがかかる。
もちろん1発始動である。このエンジン、大変調子がよろしいのである。
「よしよし、いい子だ。」
缶コーヒーを飲みながら暖気運転をする。
「のんびり帰ろうっと。」
ヘッドライトを点灯し、ギアをセカンドに入れ発進である。
『ブリブリブリ』
○○事務所を出て約80メートル。
この角を曲がってちょっと行けば大通りに出ることができる。
「これで忌々しい『嘆きの丘』に別れを告げる事ができるぜ。ふふん。」
ウィンカーを出し、クラッチペダルを踏んでサードギアからギアを抜く。
回転が落ちるのが嫌なので、ブレーキペダルをつま先で踏みながら、かかとでアクセルペダルをあおる。
一旦クラッチペダルを戻しアクセルペダルをひと蹴りしたあと、再びクラッチペダルを踏んでセカンドにギアを入れる。ペダルを一度に全部使うのだが、要はダブルクラッチとヒールアンドトウの合わせ技である。
18馬力をスムーズに操るためには色々小技が必要なのだ。
ギアはすんなりセカンドに入るはずだった。
いや、入らねばならなかった。
『ダン!!!バクン!』
「ぐおぉぉ!!!」
しかし、そうはならなかったのである。
皆の期待は決して裏切らないが、私の期待はあっさり裏切るチンクであった。
そう、あの感触。
たった一度の経験だったが、忘れもしないあの感触がまた左脚を襲ったのだ!!
「まぁじか~~~?!!!またワイヤーが千切れた~~~!!!」
ほとんど絶叫である。
そして『パァ~っ』と後ろが明るくなる。
「ぐお!お迎えか!!??」
いや、それは後続車だった。
しかし今いる道は一方通行で狭いため、いくらチンクが小さいとはいえど、ここで停まってしまっては後続車は追い越しができない。
「くっ!セカンドに入っているか?」
アクセルペダルをあおる。
『ブリリリリリン!』
「くそ!抜けているぞ!! どこか停めて作業ができるところは・・・! あった! ここだ~~~!!!」
言葉の勢いとは裏腹に、のろのろと惰性で、営業が終わって電気が消えている企業の駐車場にチンクを入れた。
「はぁはぁはぁ。おのれ~、この疲れているときに俺を潜らせる気かー。」
だがその駐車場は暗いので、作業するにも不便である。
「ふっふっふ。しか~し! こんなこともあろうかと思って準備は万端なのさ!」
車内の天井にマジックテープで貼付けてある蛍光燈のスイッチ入れると、足元までよく見える。
これでペダルは確認することができる。
次にリアシートに引っ掛けてある大形の『マグライト』を手に取り、スイッチオン。
「はぁ~ははは~!!ざまぁみろ~!完璧だぜ~!!!」
完璧だったら車は壊れはしない。
今にして思えば完全に我を見失っていたのである。
例によって例の事なので、ジャッキアップの準備の説明は省くとしよう。
ジャッキアップしたチンクの下に潜り込み、マグライトで照らしワイヤーに手をかける。
「こんのヤロー。昨日はなんともないフリしやがってー!」
『グイ』
「ん?」
『グイグイ』
「んんん~???」
『グイグイグイ~ッ!』
「・・・・どういう・・・つもりだ?こいつ・・・」
何故だかわからないがワイヤーが抜けてこないのである。
「おかしいな・・・。抜けてこないということは切れていないということか? 切れていないということは伸びたということか?」
まるでとんち比べである。
「切れていない。伸びた。切れていない。伸びた。切れていない。伸び・・・。」
全く意味がわからなかった。
理屈にあわないのだ。
「おかしいぞ?とんだ怪奇現象だ。あり得ない・・・な。やはりさっきの光はお迎えで、実は既に死んでいるとか・・・。」
『シュ~』
「ん?あっちーーー!!!」
またしてもオイルパン攻撃である。
いくら走行距離が短いとはいえ、そこは真夏。
のんびり缶コーヒーを飲みながら、10分以上暖機運転していたおかげで既にオイルパンは完全に熱くなっていた。
「おんのれ~!生きてるぞー!」
取りあえず車の下から這い出て考えを整理してみる。
「昨日の朝から納得がいかん! これは着眼点を変えるしかないな。」
迷探偵再び登場である。
「ワイヤーは抜けてこない。ということはワイヤーは切れていない。それでもペダルは『ペコポン』である。・・・ということは、こうか!やはりワイヤーは切れている。しかし、ペダルの留め金のところで切れたので、何か障害があって抜けてこないのだ!!」
その仮説を証明すべく助手席から乗り込んで、クラッチペダルの回転軸とワイヤーの取り付け部を確認する。
「・・・切れていないな・・・。」
ますますもって怪奇である。
こうなったら、あとは順番に追っかけていくしか手は残されていなかった。
「これで見つからなかったらお手上げだぞ。まずはおまえからだー!。」
クラッチペダルを手で動かしてみる。
『ペコポン』
「くっ!・・・」
何度聞いても間抜けな音である。
「こ~の~や~ろ~。」
『ペコポコパコポコ!』
もうヤケである。
「!!」
そのときなにげなくクラッチペダルの回転軸とワイヤーの取り付け部を見て驚いたのだった。
「・・・なん・・・だ?・・・これ・・・。」
回転軸とワイヤーの取り付け部を手で押さえ、
『ペコポコパコポコ!』
「かっ、回転軸が・・・動いてない!!!」
回転軸にはBとCのペダル、つまりブレーキペダルとクラッチペダルが着いているのだが、ブレーキペダルは油圧式なので、回転軸に差し込んであるだけである。
だがクラッチペダルは、中央にあるブレーキペダルを挟んでその反対側(つまり右側)ににクラッチワイヤーを固定する場所があるのだ。
従って、クラッチペダルと回転軸は本来固定され、連動していなければならないはずである。
しかし、その固定が外れ、クラッチペダルが空回りしているのである。
「こっ、このやろう・・・とんちが効いてるじゃねぇか!」
「ということは、ここかーーー!!!」
そう、クラッチペダルと回転軸を固定するための”何か”がないということになる。
あの衝撃から考えて、何か硬いものが破断したに違いない。
しかし見た目ではさっぱりわからないのだ。
『バババッ!』
自作のフロアーカーペットを引き剥がし、その”何か”の残骸がないか捜索開始である。
労せずして見つかったものは、
「こいつ・・・か?。」
ボルトの頭である。
頭だけなのだ!
首チョンパなのだ!
「!」
さらなる捜索の結果、出てきたものを見て戦慄が走った。
「こっこんな・・・ことって!」
なんと! ボルトは頭の部分、ネジを切ってある部分、そして、ナットがかましてある部分に分かれていたのである。
つまり三つに切断されていたのだ!
「でっ、でたー!!」
新技登場!”ボルト三枚おろし”である。
「ということは、こうか! 昨日のクラッチワイヤーが伸びたと思ったのは、切れかかったボルトが最後の皮一枚で繋がってたということか。そこへもってきて、クラッチワイヤーを張ってしまったので、せん断応力に絶えきれなくなったわけだな。」
とにかく原因は理解できた。
ではどのように復旧するべきか。
なんとか自宅まで辿り着かなければならないのだ!
「こいつは5ミリのボルトだな? ふっふっふっふ! 素晴しい! 素晴しすぎる!!! あ~はっはっは~! 持っているんだな~これが。」
そう、私の工具箱はドラえ○ん状態。
ひととおり使うボルトのサイズ(4ミリ5ミリ6ミリ8ミリ、その他タッピングビス)は積み込んであるのだ。
もちろんプラグ、ポイント、コンデンサ、バルブ、配線、コネクタ、なども入っているのだ。
クラッチワイヤーを目一杯緩め、回転軸との接続を外しフリーにしてやると、
「あった!この穴だ!」
クラッチペダルと、回転軸の穴の位置を合わせボルトを差し込む。
どうやらもともと、回転軸の中にはネジを切ってないらしく、ボルトを差し込んでナットで締めただけのもののようである。
そして、ボルトを締めてクラッチワイヤーを復旧し、いよいよ動作テストである。
シートに座り、左足に力を入れていく。
『グ』
「よし、いいぞー。」
『グググ』
「今度こそいける!」
『グッグッグッグッ』
「わはは! 何度でも踏めるぜー! オラオラァ!!!」
今度こそ完璧である。
周囲を片付け運転席に戻る。
20時40分。
どうやら30分近く格闘していたらしい。
もう汗だくである。
しかし、ようやく帰路に着くことができた。
「ふうぅ、疲れたー。でもワイヤーが切れたんじゃなくてよかった。18キロも一人押し掛けで帰りたくないもんな。」
大通りを走っていると信号が赤になった。
タバコの煙りを「ふうう~。」っと吐き、疲れはしたが、またしても自力で帰ることができるという満足感に浸りながらブレーキを踏んだのだった。
だが!
だが!である。
さらなるとどめを刺すがごとくにそれはおこったのだ。
『バキン!!!』
「な”っ!!!???」
今度は右脚に衝撃が走った!
『ヒュンヒュン!!』
「!」
『スっ』と右目の下方から何かが回転しながら現われた。
「あぶねぇ!!!」
とっさに左上に顔を回した。
「くっ!」
『ピシィ!カン!』
そいつは右ほほをかすめ後部座席へと飛び去った。
「はぁはぁはぁ。今度はっ、はぁはぁ・・・なんだ!?」
ブレーキは効いている。
赤信号で停まっている間に、ブレーキペダルに右手を伸ばしてみた。
『ピシッ』
「いってーー!」
反射的に右手を引いた。
「・・・血???」
見ると人さし指から血が出ていた。
「ひ~!今度はスプラッタか~!」
信号が青になったので走り出し、とりあえず、安全そうな路肩に停車した。
「いったいなにが飛んで来やがったんだ?」
マグライト再登場である。
ブレーキペダル周りを確認する。
「あ!!」
またしても見なれない光景がそこにはあったのだ!
「ブレーキペダルのスプリングが・・・切れている!!!」
先に述べたように、チンクのブレーキペダルは回転軸にはまっているだけである。
そのブレーキペダルは、ボディーからのびるスプリングによってブレーキペダルを吊り上げているのだ。
ブレーキを踏んで効き始めるまでの、いわゆる”遊び”の部分は、踏まれたペダルが油圧のスイッチに触れるまでの間、このスプリングが伸びることによって”遊び”を感じさせていたのだった。
そのスプリングが、渦の途中でこれまたスッパリと切れているではないか!
「~~~!やってくれるぜ!」
しかし遊びがなくなったというだけで、ブレーキを踏むことに支障は全くない。
チンクのブレーキシステムは単純な油圧スイッチである。
「ふぅ。まぁ、このまま帰るか。」
結局、ブレーキペダルに残ったスプリングは、放置すると危険なため取り外し、そのまま帰路についたのだった。
その後パンタグラフジャッキによるジャッキアップは面倒なので、持ち運び用の油圧ガレージジャッキをチンクに新装備として加えたことは言うまでもない・・・。
(そんなもん今はもう積んでいません。)
おわり。
今のところその後のトラブルはまだない。(2002時点)
しかし、過去の持ちネタならまだまだあるのだ。
長篇連続ドラマ
『炎のチンク~トラウマ1号事件~六甲の美味しい水の正しい使い方』
があるのだ。
ふっふっふ。
これは本当に長くなりそうなのだ。
by MEX
本日のおまけ。
『必見!!! 必殺回転飛び道具!これがブレーキペダルのスプリングだ!!』
注)大変危険です。
