正論は人を殺すからなあ…
わたしも昔はやりがちだった。
まあ。
持って生まれた器とか、
自己愛の充電のチャージ量とか、
根性、努力の才能に、たまたま
恵まれてる人が言ってもなあ。
色々人によって条件違うからなあ。
本当に、
あっそ。
って感じだよね。
…うちの母もそうだったなw
それが出来る私、正義。
出来ないあなた、悪。
でも、優秀な人が言ってると、
そうなのかなって思うんだよね。
とくに母親だとねw
それに、打ちのめされるんだよね、
出来ない人は。
…特に非ダイヤは。
まあ、
はなから他者を理解出来ない、ダメな奴と決めつけて、ひょっとしたら自分の考えは、感じ方は、受け止め方は、他人と(相手と)違うかも知れないって、思えないと。
自分の主観から出れないと、言いたくなるよね。
本当に、メタ視点て大事よねえ。
まあ、本当にこんがらがった時は正論が救いになることもあるけど、それは、本当に。
1/100くらいの確率で。
嫌われたら、意味ないんだよな。
あるがままでいる、
思ったことを言う、
それも大事なことはあるけれど。
思ったことを聞いてくれる人が、どんどん減ったら…
まあ、寂しいよな。
そんな人が正論吐きながら
愛する人までをとことん叩きのめして、
叩きのめしながら、
相手にどんなに尽くしても…
これでもか、これでもかと、
その人ナリの愛情を誰かに届けたとしても。
…あれ、変換…
まあ、
悲しい結果以外、なかなか生まれないよね。
世界が一周回ったら、届くのかも知れないね。
逃げられてから評価されても、
側に居なくなってから愛情を理解されても、
…遅くね?
