自分が所属するオルタナティブ協議会で、ちょっとした動きがあり、それに関してどのように伝え拡めていいか本当に悩みました。

周知したい。
しかし、周知と同時に、
誤解されたり、過信されたり、こちらの意図とズレている人と繋がるリスクを出来るだけ避けたい。

とりあえず、いつもやりがちな私の余計な言葉、説明、感想を出さずに、まずはそのままボスの言葉を変えずに載せるのが良かろうと判断した訳でございます。(勿論本人の許可は取ってありますよ。)


周知する為に、手段を選ばなければ、色々出来ます。
色んな例え話とか。
キャッチーな感じの売り文句とか。


「○○界で有名な〇〇さんがやってる、アレと似たようなもの」ですとか言ってみるとか?


中央政府が弱体化すると集落が各地で出来る、その一例として…とか歴史や経済を踏まえた、今の日本を斜め見した、評論家気取りのことをここに書こうかな……とも思ったけど。
好事家気取った解説も評論もなんか、私がやってもダセェから。


目指すビジョン、形に対する、伝わりやすい比喩とか具体例の補足とかも、しそうになったけど。
やらなくていいや。
キャッチーにすることで、ズレるくらいなら。


映画制作に先行して、無断で勝手な解説垂れ流しするような悪どい広報して、宮●さんを困らせる、ジブ●の鈴木敏●さん的なことしてもしょうがないからねえ… (意味分からない人がほとんどだと思いますが分からないままでいいです。)

正しく伝わるか、その質が一番大事なので。



まあ、私の勝手な宣伝や解説で、ズレが生じることを極力避けたい訳です。

しかし、こちらは個人ブログなので、葛藤を含めた、本音を少しは書いてもいいかと思ってます。
書き過ぎなければ。




はい、こちらがうちのボスの手記なんですけど。

2008年から、2021年にかけて書かれたブログです。


精神薬で家族を亡くされ、国を相手に訴訟を起こし、国へ、精神科医へ、メンタルヘルスに関わる一人でも多くの人々へ、問題提起してきた、その活動です。

やがて被害者活動から、その先へのオルタナティブ活動へと進化していく、その変遷がこちらです。


メンタルヘルスに関わる様々な人々に影響を与え続けて来ました。

患者、その家族、精神科医、その他医療、福祉職、それから、厚生労働省の職員、国家議員が勉強の為に読む程度には。

ブログのアクセス数がいかほどだったかは聞いてないので知らないんですけど。

知る人ぞ知る、静かな社会現象でした。

薬を使わない精神科医が増えたのは、このブログの問題提起があったからだと思います。

ベゲタミン、デパスなどに関して規制が入ったのも。

そして数々の人間が、減断薬にチャレンジする際の指針にしていました。

そして私も、その一人です。


このブログの精神医療に関して書いた事実ベースの記事は、このブログを源泉として、学び、参考にしながら、自分なりの書き方を模索して来ました。


ちゃんと確かなソースを出して、「これはおかしい」と断言する技術、事実を検証する際のやり方は、ここから学びました。

ここまで上手くは出来ませんが。


私はボスのように外国の文献は直接読めないし、Google翻訳でニュアンスを推測するくらいしか出来ません。

だから、海外のことになると必要な情報の取捨選択から無理ゲーです。

日本語で書かれたもの、翻訳されたものについてしか語ることが出来ません。

まあ、レベチですわ。


あ、抗てんかん薬のことじゃなくて、レベルが違うよ、ということですからね。念のため。


翻訳も第三者の意図が入らないとも限らないので自分で読みたいもんだけど、ワーキングメモリをそこに使うより、ほかに得意なことでも、しとこっと。



まあ、ボスはそんな風にマニアックな影響力を持った人なんで、いまだに、たまに、「被害者活動」をしたい人が、頼ってくる訳ですよ。

もともとは、代表も立場が立場(家族を亡くした当事者)だったので、精神医療被害連絡会として、国への抵抗、問題提起をしながら、サードオピニオンというものを開いていました。


しかし、今のサードオピニオンは、被害者でずっといたい人を、あまり歓迎していません。

今のオルタナティブ協議会は、もう、被害者の会ではないからです。


そして、確実に言えることは、被害者意識を持ち続けることが、その人の快復を明らかに遅らせている、ということです。



誤解しないで欲しいのですが、

被害者意識自体が悪いということではなく、

被害者意識を永続的に持ち続けることが良くないことであるということです。

被害者活動は、通り道であり、目的地ではない。


薬によって自分自身の健康を壊された人。

家族を壊された人、…亡くした人。


それぞれ、立ち位置は違います。

だから、一概にどうこういうのはとても難しい事なのですが。


批判したところで。
質したところで。
変わりゃしないんですよ。
社会は、システムは、変わらないんです。
複数の「他者」を同時に変えないことには、どうしようもないんです。
足掻いても、例えば厚生労働省の役員とか虐めても、誰かを批判しても、吊し上げても、一人一人の精神科医だったり、それに寄生…寄り添う一人一人の医療職、福祉職の人たち、全員の意識を変えることなんて無理なんですよ。

一番先にやるべきことは、怒ることでもいいんです。
でも、怒り疲れたら。


自分を変えること。
生き方を変えること。
行き着くところは、そこかなと。


他人に変わって貰うのは無理だし。
自分の基準で誰かを許せない!
と言い続けたところで、しょうがないです。
悪いけど無駄なの。だって、変わりはしないし。
誰だって批判されたら構えるし、批判されたら、された方は、相手を頭がおかしい人間だということにして、聞かなかったことにしたいのよ。
だから、今サードオピニオンでやってるのは、批判ではなく、主に「指摘」。それのみですよ。


やってもやっても終わりのないことをやるよりは。
今の社会がおかしいならば。
自分はどう生きたいか、考える。
そういうことを、先にする方が、生産的なのかなと。

自分で作るしかないの。
途方もない話のようでも。
与えられたものにケチだけつけたり、他人の間違いを延々と批判しても、何も生まれない。

いつも思うんだけどさ。
自分が気に入らないものを破壊したとしてさ、その先考えてるの? 代替案。
精神医療をぶっ壊してさ、その先、ビジョンあるの?
それがないのに壊して、どーする訳?

壊して、その先、どんなものを。
誰かに作って貰おうと思ってる?

また、医者に作らせる?
また、偉い人に作らせる?
それとも?
矢面に立ち、導いてくれる、勇気のある、自分の親のような存在となる人を、
安心して寄生できる人を、探すの?


それで、何が変わるの?

また、その「誰か」に対して文句を言いたくなるだけだよ。親に、精神科医に、病院に、厚生労働省に文句を言い続けたそのエネルギーと同じ質で。

親の愛情を当然の如くむさぼる反抗期のクソガキと変わらないよ。
いつまで、引きこもりでいるの?
守って貰おうとするの?
バブバブなの?
せめてハイハイからでいいから、掴まり立ちでいいから、自分の足で立ってみれば?
誰かのお伺いに依存する人生辞めてさ。

誰かに従うか?牙を剥くか。
××してくれない、してくれなかった、と言い続けるか。
そこに違いは、ないよ。
どっちも依存。
親であろうと、会社であろうと。
社会であろうと。国であろうと。
そこに、気がつこうよ。


どいつもこいつも、いいとしして。
日本という国は、もうすでにお年寄りだよ。
国家が国民を守ってくれることはなくなった。
年金も税金も、政策も。
何だか、とても、とち狂ってる。

50.80問題みたいだね。

加齢でボケ初めてトチ狂った親に、それでも自立出来ずに、嫌々服従する中年の子ども。
文句ばかりタラタラ言い続ける。
黙って独立すりゃあいいのに。
自分で稼いで自分で生活しろよ。
自分の足で歩きゃいいのに。
…やらないんだよね、なぜか。

みんな、文句言いながら会社に、社会に、システムに、資格や名誉に、国のお墨付きに、偉い人の言葉に縛られ続ける。
昔なら、文句言いながらも、縛られ続ける価値、あったかも知れないよ?
今、あると思う?


作られたメシが不味いなら自分で作る。
与えられたものが嫌なら、自分が創り出し、与える側に行けばいい。それだけでしょう。


そんな気持ちから生まれたのが。
オルタナティブ協議会の
コミュニティメンタルヘルスです。


誰彼構わず来て欲しい訳じゃない。
気持ちが分かる人だけ、来てください。

寄らば大樹の影…と思ってるような人や、自分がやっていることに自信がなくて、他者に箔をつけて貰いたいだけの人は、うちには合わないと思います。

まあ、はじめはそれでいいのかも知れないけどね。誰だって、みんな、はじめは弱いんだからさ。



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