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京都の短大を卒業した私は、昭和61年に父の勧めで大手証券会社に入りました。その頃は、結婚したら会社を辞める寿退社が当たり前の時代。私自身特にキャリア志向もなく、営業事務の仕事をしていました。


27歳で結婚し、28歳と30歳で息子を出産。これまた父のアドバイスで育児休暇を取得し、3年後に復帰。ここまでは結構順調でしたが...









32歳のときに別居し、親権をめぐる裁判を経て34歳で正式に離婚しました。

発端は姑問題でしたが、あなたとは価値観が違うから一緒にいたくないと相手から言われたことで、私はダメな人間なんだと、すっかり自分に自信がなくなってしまいましたぐすん

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それでも、別居当時2歳と4歳だった子どもたちを育てるためには、落ち込んでるわけにはいきませんでした。

実家の親は子どもたちを連れて帰ってきた私を温かく迎え入れてくれ、私自身正社員として働いていたので、差し当たっては経済的な不安はありませんでした。


でも年金生活の両親もそんなに余裕があるわけではなく、息子たちを私がちゃんと働いて育てていくしかないと覚悟を決めました。


その後会社の方針が変わったこともあり、37歳で事務職から営業に異動しましたが、当初はまったくうまくいかなくて、私には営業向いてないかもと凹んでいました。


そのときに辞めるという選択をしなかったのは、子どもたちを育てるためにはここで逃げるわけにはいかない、と思ったから。

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よく子どものためには離婚はかわいそうとか、お金さえあれば離婚したいのにとかいう話を聞きますが、どんな理由であれ避けられるのであれば、あえて別れなくてもいいのかなと思います。


それでも離婚という選択をするのであれば、お金の問題は避けては通れません。
行政支援など、受けられるサービスをきちんと調べておくことはもちろん大事ですが、まずは自分自身何があってもがんばる覚悟を決めることからスタートするのかなと思います。



私自身ラクではない証券会社の営業を10年以上続けることができたのは、父が自分たちを守り続けてくれたように、子どもたちを守れるのは私しかいないと思っていたから。




実家に戻った当初は助けてくれた父がその後亡くなり、母も介護が必要な状態になり、仕事との両立は時間的にも精神的にもかなり辛くなりました。


ひとりではとてもがんばりきれなかったけど、子どもたちは「ぼくらのことは大丈夫やから、お母さんもがんばりや」と、いつの間にか私を支えてくれるようになってくれて、一緒に戦う同士のような関係になりました。


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私が営業の仕事をはじめたのは2003年でしたが、その5年後にはリーマンショックがあり、担当していたお客さんの資産も大きく目減りしてしまいました。


10年以上に渡ってたくさんのお客さんと関わることで、しんどいこともたくさんありましたが、いろんな経験を通してお金とのつきあい方についても考えさせられることがたくさんありました。


次回はそんなお話をしてみたいと思います。

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