ふと、この世から、
表現がなくなったらどうなるんだろう、
って思った。
もしも、
表現やクリエイティビティなことが
なくなったら。
ひとが、
表現することをやめてしまったら。
そうしたら、
歌も、音楽も、楽器も、
踊りも、
映画も、
本も、絵も、
服も、
インテリアも、
雑貨も、
アクセサリーやバッグも、
なんもかんもなくなって、
機能的なものだけになるんだな。
創るほうだけじゃなくて、
身に付けるほうだって、
全部が機能的なものだけになり、
制服のようになり、
選ぶ手間がない分、何も感じなくなるわけで。
きっと、世界から
トキメキと色が、なくなってしまうんだ。
***
そういえば中学校に入ったとき、
仏教系の女子校だったったんだけど。
いっちばん最初、
入学式のとき。
全員が紺色のセーラー服で、
手に聖典を持っていて、
お数珠を手にはめ、
きれいな角度で一斉に
お辞儀をする様を見て、
気持ち悪いって思ったんだよね。
うわ、気持ち悪い、って。
まぁ、はみ出すほどのユニークさはなく、
順応性も高く、
学校生活、楽しかったけどね^^。
***
でも何にせよ、
作り手が作り続け、
表現者が表現し続けることで、
わたしたちは、
その恩恵を受けていて。
そして同時に、
生きて何かを選んでいるだけで
わたしたちは自分を表現をしている。
ジブリを作った宮崎駿氏も、
アンパンマンを作ったやなせたかし氏も、
Lemonの米津玄師氏も、
いやいや、
あげたらキリがないけれど、
みんな、みんな、
表現し続けた結果で。
創り続けた結果で。
彼らは、
創らざるを得なかったのかもしれない。
何かに突き動かされるように。
あるいは、歓びを感じるために。
生きることが、表現することで。
生きることが、歌うことで。
生きることが、描くことで。
そう考えると、
わたしたちは、
やらなくても生きていけるよね。
普通に起きて、
普通に働いて、
普通にご飯を食べて、
そうやって、生きていける。
普通ってなんだ、なんて
当たり前な質問はこの際置いといて。
それは、とても幸せなことなんだろう。
***
だけど、
だけど、
だけど、
やっぱりどこかで物足りなくなるんだ。
何のために生きてるんだろう?
それは幸せを感じるためだよ。
心から笑うためだよ。
めいっぱい生きる歓びを感じるためだよ。
それをめいっぱい感じるには、
やっぱり自分を表現することが、
必要不可欠なんだと思う。
創り手じゃなくてもいいよ?
パフォーマーじゃなくてもいい。
だけど、わたしは
あなたが惹かれる風景を、
あなたが心動かされる音楽を、
あなたの魂が歓ぶ服装を、
聞きたいし、見たいと思うんだ。
魂と生きざまがフィットする、
っていうかね。
すごい瞬間なの。
声のマスターコースでは、
そんな瞬間に、
何度も立ち会ってきた。
涙が溢れる語り、
心からの笑顔、
魂と繋がる歌、
ひとは自分を解放したとき、
それはそれは可愛く笑うんだ。
美しく泣くんだ。
愛おしさが溢れるんだ。
あなたにも、
そんな瞬間がやってくる。
無難な笑顔を張り付けるのは、
もうやめにしないか。
無難な回答をするのは、
無難な選択をするのは、
無難な自分でいるのは、
もう、やめにしようよ。
一緒に、本気で笑おう?
一緒に、本気で泣こう?
一緒に、本気で語ろう?
あなたの表現を見せてよ。
あなたの生きざまを見せてよ。
生のあなたに、触れさせてよ。
わたしには、できない?
表現なんてとんでもない?
分かるよ、
私もそう思ってた。
でもね、
それを手助けするのが、
私の仕事。
あなたにしか使えないことばがある。
あなたにしか歌えない歌がある。
あなたにしか語れない物語がある。
あなたの世界は、
あなたしか、表現できないんだ。
魂が歓ぶ表現ツールは、
ひとさまざま。
歌のひともいるよ。
朗読のひともいる。
踊りのひともいれば、絵のひともいる。
物づくりのひともいれば、
仕事のひともいれば、
ひとと関わること、のひともいれば、
文章、ファッション、料理、、、
いろんな方法がある。
あなたにぴったりの表現は、なんだろう?
あなたは、何が好き?
一緒に探してみない?
一緒に拡げてみない?
一緒に磨いてみない?
生きるとは、表現すること。
声のマスターコースの半分は、
表現の時間です。
できないって思ってる?
でももし、
もしも、自分が何かできるとしたら、
何かに出逢えたとしたら、
ちょっと嬉しくない?
もしちょっとでも嬉しいなら、待ってる。
声のマスターコースで。
マンツーマンでやりたい方は、
こちらからどうぞ。
















