今日は、コラム的文章です。
【オットの退院とともに芽生えた夢】
今日はオットの退院日。
飲み薬以外何もしようがないからとのこと。
右耳の聴覚神経はまったく反応なく、
めまいも変わらないが、致し方ない。
オットの病室は7階の窓際で、
見晴らしがよく、風もよく入り、
昼寝にはもってこいの場所だった。
睡魔に襲われた日は、
せまい中、一緒に昼寝をした。
ほんの10日ほどではあったが、
我が家にはかつての時代が戻ってきていた。
オットが仕事で忙しくて家に帰れず、
私が家庭にいる時間が多かった、あの頃。
オットはいつも疲れていた。
そしてイライラしていた。
わたしたちはよくぶつかった。
あの頃と同じように、
実家にちょいちょい
顔を出してはお世話になった。
早起き苦手な母(私)の朝はバタバタ、
食卓は割と豪華で(料理好き)、
しかし自宅で仕事ができない私としては、
やることがまったく進まない上に、
体調も崩すしまい。爆
そうして、思い出した。
とある事件が起き、
オットが右眼を失いかけたのも、
3年前のこの時期だった。
(しかもまだ裁判中…長い…)
視えるようになるか分からない、
瞳孔も動かないままかもしれないと
先行き見えぬまま、
オットは2ヶ月の自宅療養、
2人目も小学生になった。
仕事復帰後、以前の環境に戻るかどうか…
私は岐路に立った。
わたしたちは話し合った。
これはきっと不幸なことではなく、
神さまからのプレゼントに違いない。
考えた末、
ココロオドルVoiceCompany株式会社として
法人化したのは、この年の夏だった。

オットはバリバリのシステムエンジニア、
会社と何度も話し合い、
育児時短で働くことになった。
これで手に入れたのは、
オットのかつての夢、
こどもたちと過ごす「家庭の時間」
そして、私の望み、
自由に動ける環境、だった。

あれから3年の時が経った。
少しずつオットの残業とともに、
気苦労も増えてきた。
俺はずっとこれをやっていくのだろうか。
入院中も、電話やメールが追ってくる。
そんな中に起こったできごと。
きっとこれもまた、
なにかを伝えてくれているに違いない。
そう思わずにはいられなかった。

そして今日、
私たちの中に夢ができた。
ちょっとだけ、先の夢。
3年後、うちの会社でカフェをやろう。
カフェ・ひろし(仮)
ゆっくりと時が流れる優しい空間。
悩んだとき、ほっとしたいとき、
物腰柔らかなマスターが、
優しくコーヒーを入れてくれる。
ブレずに本質を見つめる優しい彼の世界は、
安心させてくれ、
ほっとできる場所となるだろう。
学校帰り、こどもたちが寄れるとこがいい。
産まれてくる3人目もここで育てたらいい。
(注・できてません。笑)
朗読会も物語り会もここでやろう。
きっと素敵な空間になる。
夢の話から思い出した、
素敵なマスターのカフェに寄って
そんな話をしていたら、
そういえば、オットは、
DIYにやたらと惹かれることを思い出した。
妙なところで凝り性なのだ。
自分で作るのがいいらしい。
仕事には結びつかないと思っていたけれど、
そうか、こういうことかと合点がいった。

自分の空間を創る、となると、
あらゆる世界の見方が変わる。
彼にしか醸し出せない空気感の、
彼にしか作れない世界を創るのだろう。
マスターこだわりのカップで
こだわりのコーヒーを頂きながら、
俺もいつかカップまで自分で作るようになったりしてね、と彼は微笑った。

そのためにも、
私にはやるべきことがある。
俄然、やる気が出た。
それよりもなによりも、
今のこの仕事は一生やるものではない、
でも、やりたいことは思いつかない、
そう言っていた彼と、
ワクワクしながら語る未来ができたことが、
なによりも、嬉しい。

1年後には、
全然違うことを言っているかもしれない。
でも、それでいいのだ。
夫婦共、
一生システムエンジニアとして働いていく、
そのつもりで家のローンを組んでから11年。
環境はまったく変わっている。
これからも変わっていくだろう。
これから先が楽しみでならない。
あらゆるものが、神さまからの贈り物。
お互い、そう語れる相手でよかったと思う。
でもまずは、
身体を治してもらわなければ、なのでした。
というわけで、お騒がせしております。
見守ってくださって、
本当に、本当に、ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いします😊












