武雄神社から歩いて1時間ほどの所に、黒尾神社があります。

 

黒尾大明神の古い木造社殿と森

 

ええそうです。交通手段がなかったので、私は歩きました。

 

黒尾大明神の鳥居と石灯籠
 
黒尾神社
佐賀県武雄市朝日町6741

 

黒尾大明神の由緒と歴史

 

黒尾大明神

 

黒尾大明神は神母景媛(武内宿禰の生母)を祭神とす。

元武雄郷にては創建最も久しく年月を経たる有数の神社にして其の年代は詳かならざれども九百年以前に勧請せし古社にして古文社により鎌倉府の崇敬浅からざりしことたりと古昔は現今の社地を距る一町余の東南に鎮座ありし毎年九月二十四日には厳格なる秋祭の式を行い其の馬場道には流鏑馬等ありて参詣人群集し非常に盛典なりしと言い今に神幸林馬場先馬場下宮ノ浦等の名あり又射手塚の現存するを見るも架空の伝説にあらざること明なり降て天正十一年夏(三百四十年前)悪疫大に流行也しかば前記の社地の余りに低湿にして穢れ多く為に神威を汚し奉らんことを慮り村民相謀り現在の高燥なる土地を選びて新に社殿を建立し十二像の薬師如来を大明神に勧請し祭神景媛の御側立として崇敬し奉りしかば悪疫頓に全滅也りと依て其願成就として十一月十一日に村民挙って大祭典を行い以て今日に至る明治維新の際神仏合祀を禁ぜらりしにより御側立たる薬師は光明院に遷座し奉りしも又後社殿に安置也り拝殿にある献額は安政四年今より百五十年前のものにして鳥居は寛政十二年の建立なり尚大ぎんなの側の大神宮は延宝八年(二百四十五年前)の建立なり

 

薬師如来像と木造の仏像

 

ここには「景媛」と書かれていますが、『日本書紀』には「影媛」、『古事記』には「山下影日売」と書かれています。

そんなに難しい名前じゃないのに、表記ゆれが激しい(笑)

 

黒尾大明神の古い社殿と石段

 

ちなみに、福岡県内にも武内宿禰の母を祀る神社があります。こちらは「山下影姫」表記。

 

 

竈門神社の場合は「山下影姫命の神廟也」ということだったのだけれども、この黒尾神社にはそのような伝承はない様子。

残念。

けれど、祀られている神社は多くない気がするので大切にしたいと思うのですよ。

 

 

本拠地であるはずの和歌山でも祀られていなくて、遠く離れた九州での方が大事にされているようで、不思議。

 

黒尾大明神の古い社殿


 

黒尾大明神の社殿内部、緑に囲まれた景観

 

拝殿内に、流鏑馬の的がありました。

 

黒尾大明神の境内にある絵馬と竹製の矢

 

 

立派な樹々。

 

古木の幹と枝、冬の木々

 

黒尾大明神の仏像と古い社殿

 

 

古木と小さな社殿

 

 

黒尾大明神の木造像

 

 

 

オマケ

白い水仙の花と緑の葉