笠松天神社には、古墳がある。
そっちの方が有名で、神社単体の説明がなかなか見つからないほど…。
ちなみに、神社の中にも古墳が指定史跡になったことを伝えるものとかが貼ってあったよ。
笠松天神社古墳
長崎県平戸市田平町小手田免517-1
↑神社側から見た図。
里田原遺跡南側の台地のほぼ中央に築かれた全長34m程の 前方後円墳である。後円部の直径22m、高さ2.5m、前方部の 幅14m、高さ1.4m、。前方部が道により削られているため、本 来はもう少しあった。
昭和63年に発掘調査が行われ、後円部のほぼ中央に板石の 集中する部分が確認された。竪穴式石室か石棺のあった可能 性があるが、盗掘を受けたと考えられている。墳丘に人頭大 の葺き石があった。土師器が十数片出土している。
前方部がバチ状に広がる形や立地から4世紀中頃の築造と 推定される。前方後円墳は中央の大和政権とのかかわりを示す古墳とされ、この日本最西端の地に中央の支配が及んだことを示すものとして貴重であり、平成19年に岳崎古墳ととも に県の史跡に指定された。
平戸市教育委員会
この古墳は里田原遺跡南側の台地の中央付近、標高 30mほどのところにあります。(田平町小手田免517-1) 前方後円墳で、主軸は南東から北に向いており、前 方部が全長34m以上、後円部の直径22m、高さが 2.5m。前方部の最大幅は14m、高さ約1.4m、 くびれ部の幅9.6m。昭和63年実施された発掘調 査の結果、板石が散乱していたことから埋葬主体は竪 穴式石室か石棺で、盗掘を受けたものと考えられてい ます。築造の時期は確定できる遺物が残っていなかっ たことから定かではありませんが、墳形から前期古墳 と推定されています。
本町内の岳崎古墳とともに北松浦地方で数少 ない高塚古墳であり、 弥生時代の里田原遺跡との関係で大変貴重な遺跡です。
田平町教育委員会
神社から離れた方向に回り込んでみる。
この辺りに散らばっている石、葺石だったりするかもね。
参加者内で、そんな話をしてみたり。
真相は不明。








