今度は神社の方の紹介。
嵐山瀧神社
大分県玖珠郡玖珠町山浦116
木樵神社。
ハートの形がかわいい。
手水がいくつかあったのだけど、綺麗に花が飾られていた。
三日月の瀧 展望所には、小松女院と正高の顔はめパネル。
更に進むと「瀧宮大神」と扁額にある鳥居。
小松女院と十一人の侍女奥都城(御墓所)
平安時代、京の都で醍醐天皇の御孫姫 小松女院と笛の名手の滝原正高少納言は恋をしますが、身分の違いもあり、正高師は、豊後の国に配せられます。
小松文院は、正高卿の後を慕って十一人の侍女を伴い、はるばると当、玖珠の地までやってきました。
やっとの思いで三日月の瀧のほとりまでたどりついた時、一人の老樵に出会い尋ねてみれば、正高卿はすでに矢野氏の姫を娶り、長野の館に住んでいると聞き、今は尋ねても詮なきことと、旅に使った笠や 衣を木の枝に掛け、「笛竹のひとよの節と知るならば 吹くとも風になびかさらまし」と辞世の歌を詠み、 十一人の侍女と手を組み携えて、瀧の水底に身を投じました。
正高卿は、この話しを聞いて驚き里人と淵瀬を探し、女院と侍女達の遺骨を引き上げ 三日月の瀧のほとりの当地に奥都城(御墓所)を作りました。尚、神社を建て御魂を鎮められました。
それ以来玖珠川を挟んだ嵐山・桜ヶ岡両瀧神社では 入水の日を中心に 秋の大祭が盛大に斎行されています。
甘い香りがしするので探したら、神社の近くに沈丁花が咲いていた。




















