古要神社
大分県中津市伊藤田237
古要神社の傀儡子
3年に1度、10月12日に古要神社で傀儡子(木製の人形)による舞と相撲が奉納されます。
傀儡子の舞人形の大きさは、体長27cm~40cm位で、腕だけが動きます。相撲人形の体長は、最大の“祇園さま”が65.7cm、最小の“住吉さま”が33.2cmで、こちらは腕と片足が動きます。
これらの傀儡子の多くは、元和3年(1617)細川忠興が、新しく造り直させたものです。
その起源は古く、養老4年(720)の大隈・日向の隼人の乱の鎮圧に、宇佐の八幡神は薦神社の三角池(中津市大貞)の薦で作った枕をご神体として神軍を率い、戦場で傀儡子を舞わせ見物している隼人たちを攻めるなどして勝利を得たと伝えられています。
宇佐神宮の放生会は、この戦いで死んだ隼人たちの霊を慰めるため始められたもので、昔は古要神社の傀儡子も奉納されていました。
奉納のときは、拝殿の四周にめぐらした高さ1間の青竹に、青地に白く染め抜いた剣花菱の紋の幕を張った内側で(正面の幅は2間)、人形まわしが傀儡子を操ります。
舞は、獅子頭と小豆童子が東西に控え、御幣持・ハヤシカタの神々・礒良神・細男役の神などが次々と登場しては素朴な動作をして退場します。
途中、礒良神が舞台正面に位置したとき、 ハヤシを中断し“のりごと”が唱えられます。
相撲は、東西12組の人形を取らせ、半ばから西方が負け続けますが、最後には小兵の住吉さまが東方をなぎ倒し、祇園さまにも勝って終了します。
静かでおごそかな舞に続いて活発でユーモラスな相撲はすばらしく、吉富町の八幡古表神社に伝わる“細男舞(傀儡子の舞)と神相撲”とともに、日本最古の人形操りといわれ、我国の人形芝居のルーツとして、国の文化財に指定されています。
また、毎年8月7日の午前中に、古要神社の拝殿で“おいろかし”と いう人形および衣装の虫干しが行われます。
(境内由緒書より)











