平戸海上ホテルから20分程歩く。

 

平戸英国商館跡。

 

すぐ側には、ウィリアムアダムス/三浦按針終焉の地。

木田弥次右衛門宅で亡くなったそうな。

 

 

三浦按針といえば、去年の大河ドラマ『どうする家康』が記憶に新しい✨✨

 

 

そんなに出場回数は多くなかったけど、その時その時にあった姿振る舞いをしていて、とても良かった。

 

 

按針の館

長崎県平戸市木引田町431

 

 

イギリス人ウイリアム・アダムスは、オランダ艦隊の航海長として、マゼラン海峡を経て1600年豊後に漂着しました。

日本に着いたのは5隻の艦隊のうちリーブテ号ただ1隻、2年の歳月と481人の乗組員の中で動けるもの十数名という過酷な航海でした。

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大変な思いをして、命からがらやって来たのね。

 

 

時は関が原の戦いの年、徳川家康の外交顧問として、神奈川県三浦郡逸見村に知行地を受け三浦 接針と名のりました。

 
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知行地って何?

 

お殿様が家臣に与えた土地のことよ。

最初は海賊と誤解されていたのだけれど、誤解が解けた後は家康に信頼され、領地を与えられたの。

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「三浦」って、与えられた土地の名前だったのね。

「ウィリアム」がなまって「三浦」になった、とかいうのかと思った。

 

ちなみに「按針」は「水先案内人」の意味よ。

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平戸の城主松浦鎮信は漂着したリーフデ号の乗組員をマレーのバタニへ送り届けたことで、1609年オランダ商館が建ち 1913年にはイギリス商館が設置されました。平戸には界の商人など多く集まり西の部として栄えました。

按針は日本と交場する諸外国と公平な立場から商館には住まず 当 木田治右衛門宅を住まいとし、在宅中はイギリス国旗を揚げて

1620年5月16日57歳にして病に倒れ、遠見の外人墓地に埋葬されています。当時三浦授針が住まいしたことから当屋敷を按針の館とよんでいます。

 

 

資料館とかそういうものかと思いきや、「coffee」の文字。

実はここ、「蔦屋」というお菓子屋さんの本店なのです!

 

 

 

 

 

三浦按針が平戸にやってくるより前から、平戸にはポルトガルの貿易船が入港しており、ポルトガル伝来のお菓子が作られていました。

カステラが有名ですが、平戸では平戸藩外不出の御用菓子として「カスドース」が作られていたということです。

 

(カステラそのものよりも「カスドース」としてのレシピの方が、日本に早く伝わったという説もあれば、「長い船旅で乾燥したカステラをアレンジしたもの」という説をはじめ、諸説あり。)

 

 

カスドースは、カステラをたっぷりの卵黄にくぐらせた後、沸騰した糖蜜に浸け、揚げ、最後に砂糖をまぶして完成します。

 
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卵と砂糖をたくさん使った贅沢品だから、昔はお殿様しか食べられなかったのね。

 

中はふわふわ、外はシャリっとした食感の甘々お菓子です♪

 

 

他にも様々なお菓子があり。

 

 

パイ福餅もおいしかったです😋