柞原八幡宮
大分県大分市八幡987
祭神
応神天皇、仲哀天皇、神功皇后
とても冷たくて清らかな感じの手水舎。
最近は人口の水道のものが多いけど、境内の手前の方にこういうのあるの、とても良い☺️
はい、長そうな階段です。
「20年前に来た時にはこの階段気にならなかったのだけど、あの頃は若かったのね」とは、参加者の1人の言葉。
そうよね、私も今は平気だけど、いつまで動き回れるのだろうかとはすごく思う。
私以上にアクティブだった父が、最近あんまり遠出しなくなったから、いずれ私も…とヒシヒシと。
元気なうちになるべくいろんな所に行きたい!
赤に菊花紋🏵️
ふとましい木。
樹齢3000年だとか⁉︎
南大門が大変立派!
中に彫刻が沢山施してあった。
じっくり見てたらここだけでかなり時間食うぞ。
そんな時間の余裕ないから、ささっと写真撮るだけで過ぎたけど、見ていたら日が暮れるってことでだろうね、「日暮門」とも呼ぶらしい。
緩やかな坂。
雨の後なせいで滑りやすかった。
手すりありがたいね。
途中には宝物殿。
ここまで車で来れるっぽいけど、バスみたいな大きな車はここまで上がって来れないとかあるやも?
南大門よりは小さな門。
でも、こちらもなかなか立派な彫刻。
天長四年(827)延暦寺の名僧・金亀和尚が宇佐神宮の参篭にて神告を蒙り、柞原山に勧請したのを、当宮の創設起源とする。
これは、大友宗麟が奉納したらしい。
え、すごい。そんなの打たせて貰って良いの?
さすがに皮は張り替えてるよね、多分。
この神社は戦国時代、大変崇敬を集めたのだろう。
実はこの神社をるなさんがツアーに組み込んだのは、福岡県糟屋郡にある伊野神社(伊野天照皇大神宮/九州のお伊勢さん)に伝わる話に柞原八幡宮が出て来たから、だそうな。
天正14年(1586)7月筑前国は島津軍に席巻され、立花城の近くに鎮座する伊野皇大神宮もその兵火にかかり、神器・古文書をすべて失います。
その中、豊丹生兵庫太夫は、竈門山の麓に御神体を隠しますが、島津軍に探しあてられ薩摩へ持ち去られます。しかし、その道すがら神霊が祟りを続けるのを畏れて、豊後国の柞原八幡宮に箱に御神体を入れたまま置去ります。それでも神霊の祟りが止まない中、柞原の里の司に「汝、我を筑前糟屋の郡伊野と云所に帰すべし」との託宣がありました。司は急ぎで伊野に使者を立て、豊丹生兵庫太夫を招きます。すぐに豊丹生兵庫太夫は柞原に行き、天照大神を迎え奉りました。
柞原八幡宮の司は良い迷惑だったろうけど、託宣を受けてちゃんと取次してて偉い👏
柞原八幡宮のおかげで、伊野神社に御神体が戻ってきて、めでたしめでたし。
なお、貰った御朱印↓
伊野神社について↓
柞原八幡宮を出て車で10分程走った。
こんなに離れた場所に、「柞原八幡宮」と書かれた大きな鳥居が!
地図を見るとこの近くに柞原八幡宮のお旅所があるらしかった。
いやはや、影響範囲の広い神社ですよ⛩️

























