若櫻神社
奈良県桜井市谷344
磐余稚桜宮伝承地
記紀によりますと、第十七代履中天皇は、各地に国司や国史を置き、諸国に意向を広く伝えるとともに、端国の記録を残すようにするなど、国の仕組みを替え国家を安定させようとしたと記されています。
また、磐余池を造ったとされる一方、磐余市磯池で船遊びをしていると、杯に季節はずれの桜の花びらが舞い落ちたことから、宮名を磐余稚桜宮としたとされています。
この説話にまつわって、桜樹を等弥郷の清水の湧き出る泉のほとりに植えたという伝説があり、「桜の井戸」、桜井の地名の起こりにもなっています。
鳥居の側には若桜の井戸。
もう1つ、近くの稲荷神社の手前にも
櫻の井。
櫻の井
「櫻の井」は第17代の履中天皇がめでさせられた清水で桜井市発祥の地である。
井は深さ9尺余、径約2尺2寸円形に積みあげた生れ石は苔むして1500有余年の昔を物語っている。井水は鏡の如く澄み、特別の甘味があり、水量豊かで昔から大和の七ツ井のひちつであった。
この地に稚櫻部氏の祖神を祭る稚櫻神社の北に当たり井戸ノほとりに桜が植えられていたことから「櫻の井」と呼ばれた。
またここは履中天皇の磐余稚櫻宮の跡ともいわれている。
尚、櫻井の地名はこの「櫻の井」からはじまると云われる。












