高良御子神社の中に、「花火動乱蜂」と書いた碑がある。

 

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王子若宮八幡宮(動乱蜂花火)
祭神 仁徳天皇
小祠建立 天保十有五歳申辰春三月吉祥日

由来

三百数十年前本村区では、毎年九月十五日若宮八幡宮の例祭に素朴な花火行事を奉納していたが、天保の頃、有馬藩砲術指南役古川辰之進氏が花火動乱蜂の製法を創案完成し、代々住民にその秘伝製法をおしえ現在にいたっている。

 

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​「高良御子神社境内社」ってことで、天照や大国主や少彦名、菅原道真などが祀られている中にしれっと、「仁徳天皇」という、武内宿禰と同時代の人物が混じっているんだなぁ。

 

〇〇八幡宮は応神天皇や仁徳天皇にゆかりがなくても建てられていることが多いけど、ここの「祭神 仁徳天皇」については、その時代に何かあったんじゃないかと…あって欲しいという願望。

 

高良大社や大善寺玉垂宮の社伝によると、高良玉垂宮が出来たのは仁徳55年らしいわ。

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​その頃からの祭りが、花火に通じるものだったかも!と考えるとわくわくする。

 

 

高良御子神社の境内社、坂本神社の向かって右側にあるこれは「磐井溶鉄所の祠」。

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久留米藩は幕末になり増大する鉄の需要に応じるために、当時考古学者として名を成していた矢野一貞を開物方加役奥通りに任じた。製鉄には原料の砂鉄、水、木炭が必要であった。この三つを調達できる土地として選ばれたのが岩井川の泉の湧き出る土地であった。砂鉄は浮羽郡田主丸町幸島、三井郡北野町高良の筑後川から採取、水は水量豊かな岩井の湧水、木炭は林業の盛んな高良内から調達したと思われる。元治元年(1864)鎔鉄所は清水に近い平たんな場所に設置された。それを記念して石祠がたてられていたが、現在では「動乱蜂」で有名な王子宮(山川町)の境内に忘れられたように立っている。(御井町誌 第二章 府中・街道とその周辺)

 

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​この地は、製鉄には原料の砂鉄と水と木炭の調達できる地!

「磐井溶鉄所」だなんて、筑紫君磐井が溶鉄に関係してた感がすごいする。

 

 

高良御子神社・王子若宮八幡宮のすぐ近くにある

 

王子池

福岡県久留米市山川町

 

 

木を組んだあそこに、仕掛花火を組むらしい。

 

 

 

    

動乱蜂(どうらんばち)

 

福岡県の指定無形民俗文化財。 約360年前の江戸時代から伝わる神事で、毎年9月15日に行われています。

 

悪疫退散、五穀豊穣を祈願し、かつて、豊作と平穏を願った住民たちが花火を奉納したのが由来とされ、その後、久留米有馬藩の砲術をもって仕えた古川家が、この地区の人達に仕掛花火を伝授したものが「動乱蜂」として伝えられています。
蜂の巣をつついた時に、中の蜂がいっせいに飛び出し、怒り狂って飛び散るように上がる火炎の様子が、その名の由来とされています。
「親蜂」「小蜂」「爆音」「仕掛」などと呼ばれる仕掛花火で組み上げられた「蜂ノ巣」。
そんな火薬をつめた直径2.5m、高さ4mの「蜂の巣」に点火されると、大音響とともに火花が夜空に舞います。

 

 

隣にある階段は、高良御子神社の旧社地である古宝殿城跡に続く。

 

 

 

 

久留米市「花火動乱蜂2023」地響きがするほどの迫力の仕掛花火! | 久留米ファン (kurumefan.com)

花火動乱蜂 | 久留米のイベント | 久留米公式観光サイト ほとめきの街 (welcome-kurume.com)

・ 古宝殿城

御井町誌 第二章 府中・街道とその周辺 2-7 (snk.or.jp)