媛社神社
福岡県小郡市大崎1
こちらも二度目の来訪なんだけども、謎のままだった媛社神社、七夕神社ですよ。
でも、今回は自分なりに解釈出来た☀️
こちらの扁額には、棚機神社・岩船神社とある。
きっとこれが鍵🔑
七夕神社のパンフによると、祭神は
織女神=棚機神=万幡秋津師比売命。
媛社神=饒速日尊。
でも本当は、「岩船神=饒速日尊」であって、媛社神は女神。
(饒速日は天磐船に乗って降臨したと伝わり、大阪等にあるイワフネ神社で祀られている。)
「肥前國風土記」より
山道川の西岸に荒ぶる神がおり、道行く人のうち半分を殺していました。そこで荒ぶる神が崇る理由を占うと、「我が社を造って、筑前国宗像郡の人である可是古に祭祀を行わせよ。そうすれば、荒ぶる心は起こさない」という結果がでました。珂是古は幡を掲げて祈祷し、「神が私の祭祀を望むならば、この幡は風に飛ばされて、その神のそばに落ちよ」といいました。
すると幡が飛んで筑後国御原郡の姫社の杜に落下し、再び飛んで山道川のほとりに戻ってきました。また珂是古は機織りの道具に押さえつけられる夢をみました。
これで神の場所と、神が女神であることを知った珂是古が祭祀を行い、人々が当地を安全に通れるようになりました。ここから、この地を姫社と呼んでいます。
原文見ても、姫社は女神が祭神なんだよなぁ。
ちなみに、備前国風土記にメインで書かれているのは、佐賀県鳥栖市姫方町に鎮座する姫古曽神社。
幡が備前国から筑後国に飛んで来て、また戻っていったんだと。
ちなみに鳥栖の姫古曽神社の祭神は、織女神=市杵島姫。
ただ、市杵島姫ってのも後から決まったらしい。
備前国風土記が書かれた時代では、ここは媛社で、機織りの女神が祀られていた。
その後、少なくとも18世紀中頃には饒速日が祀られていて、今に至るのだろう。
この機織りの女神は単に機織りの女神であって、元々は別に万幡秋津師比売命というわけではなさそうだ。
ただ、饒速日が祀られる事になった経緯が気になるな😅💦
ここに饒速日が祀られているから、機織りの女神=万幡秋津師比売命って事になったんだろうから。
福岡県にはわりと、饒速日の名前をよく目にするから福岡県にいたんだろうとは思われる。
ただここのについては、備前国風土記に書かれていないからそれより後世に、饒速日の子孫である物部氏が来て祀ったとか、そんな感じかなぁと思う。
様々なものが交錯して、今は七夕で推している🎋
それならそれで、良いよね。


















