宇佐神宮内にある、神武天皇ゆかりの場所と、それに関わる人物が祀られている場所をご紹介。


神武天皇聖蹟 菟狭顕彰碑

日本書紀によれば、神武天皇は御東征のとき、日向を発たれ、椎根津彦命の水先案内で豊後水道の難所を通り抜け、宇佐に上陸されました。

このとき宇佐国の祖である菟狭津彦命・菟狭津媛命が天皇一行をお出迎えになり、一柱騰宮を建て響(ご融走)を奉ったことなどが記されています。

これを記念して昭和十五年にこの顕彰碑が建てられました。


一柱騰宮跡は、呉橋や弥勒寺跡の近くにある。

けれど、この碑のある場所がそう!というよりも、この辺り一体が勝隈といい、神武天皇を勝隈の地で出迎えてもてなしたと伝わるそうな。


菟狭津媛命が祀られている頓宮は、御神幸祭(夏越祭)の中日、8月1日に流鏑馬が行なわれる場所から曲がって行った先。


「頓宮」とは、一時的な天皇の宮殿の意味。



宇佐神宮公式HPにも現地の説明書にも、夏越神幸祭の際に神輿が滞在する場所程度の事しか書かれておらず、菟狹津彦の名前は出てこない。



中を覗くと扉が3つ。

ここに三基の神輿が入る。

ちなみに三基の神輿にいる神様は、上宮や下宮に祀られている、八幡大神・比売大神、神功皇后。


内側の端に、

相殿 宇佐祖神社 御祭神 菟狹津彦命」とあり。

相殿、ということは…

一緒にメインで祀られているのは誰?


「神武天皇!」ってしたいところなんだけど、これはあくまでも神輿(に乗った神様)が主祭神って事になるんだなと理解。

毎年二泊三日する神様を、昔、神武天皇をもてなした菟狹津彦が世話をする様子を思い浮かべて、ふーむとなる。

なんかすごく、自己主張控えめで謙虚な感じがする。




ちなみに菟狭津媛は、神武天皇が家臣の天種子命(藤原氏の祖)と結婚させたので、ここにはいない様子。


…ネットで調べたら天種子命は中臣氏の祖って書いてあるけど、購入した「宇佐神宮由緒記」には藤原氏の祖って書いてあるので、どっちも間違いではないけど藤原氏って方を採用。


なお、この結婚が、宇佐神宮と朝廷を結ぶ要因となったとも考えられているそうな。