88ヶ所を4回にわけて行く事になっているのだけど、今回のが札所の数が最多(34札所)で、距離でも最長。

だから「4回のうちで1番キツい」とも言われる。


ただ、前回は途中からほとんど登山だったから、どっちがキツいって一概には言えないかなぁという印象。

まあ、どっちもキツイはキツイね😆


延命寺を8時半に出発し、戻って来たのがほぼ17時。

途中お昼休憩をしたとはいえ、まあよく歩きました❗️



篠栗の魅力を伝えるYouTubeチャンネルがあって、それの撮影がちょこっとあった。(インタビューは住職のみ。)

さぁどんな風に写っているのか。私も写っているやら。



千鶴寺(せんかくじ/別名ふくろう寺)さんに向かう途中、イラスト付きコメントが沢山並んでいた。

こんなの前なかったよね⁉︎😆



もう風鈴も始まってるし、



シャボン玉はまだあってるし、



花手水舎は相変わらず綺麗でテンション上がる⤴️

寺に映えは必ずしも必要ではないけれど、綺麗な方が気持ち良いものである🌸



道には沢山の筍。

ちょっと頭を出したもの、イノシシか何かに掘り起こされたらしきもの、そして、グングン成長途中のものも沢山沢山。

竹の成長に改めて驚かされた❗️



最後はチマキと栗饅頭🌰

どっちも大変美味しゅうございました😊😊😊




お経を唱える事には随分慣れて来た。

薬師如来と阿弥陀如来は多いから御真言スラスラ言えるのだけど、それ以外はまだまだ😅




ご住職が、今海外であっている戦争の話などもして、戦争のない平和な世の中を目指して手を合わせましょう的な事を言っていた。

それは私も望むところではあるけれど、まあ、争いがなくなる事はないだろうなと思っていたりはする。



外国と争うか、国内で争うか、身内で争うか、人間以外のものと争うか。


争う事は悪い事じゃない。生まれる前にも細胞や遺伝子レベルでの競走は行われていて、その戦いに勝ったものが次へと繋がっていく。


大河で頼朝がよくお経を唱えているのがなんとも言えない。

キリスト教の免罪符なんかが最たる例だけど、自分が悪事をやった自覚があって、それを許してくれる存在が宗教だったりする。


お経で救われるのは、罪の意識のある人(悪人)。




…お遍路の感想とはちょっと違うところまで来てしまったけど、お遍路後の心境はそんな感じ。




いやだからなんか今、頭でごちゃごちゃ考えてばかりになっているから、もうちょっと、感覚的に良いものにチャンネル合わせていきたいな💦


「千鶴寺の風鈴やシャボン玉、花手水舎素敵〜癒されるー」な感覚をこそ大事にしたい(笑)