むかしむかしのお話。英雄ヤマトタケルの子、仲哀天皇は、強く美しい神功皇后と夫婦になり、香椎でひとときを過ごすことになりました。
ある日、仲哀天皇は神の怒りに触れ亡くなってしまいます。神功皇后は悲しみをこらえて、天皇のかわりに男装をして海を行き交い、そして愛する夫のために香椎にほこらを建てました。
その後、ご夫婦に男の子が生まれます。生まれつき弓の名手であったこの男の子は、おじいさんとお母さんの血を受け継いでたくさんの勝負に勝ち、お父さんの遺志を引き継いで応神天皇となりました。
武芸にすぐれ、日本文化の基礎を築いたこの天皇は、いつしか八幡神と呼ばれ、全国の八幡宮という神社の神さまになります。
そして時は流れ、愛する夫のそばにいたいと願った神功皇后のお宮も、香椎の地に築かれました。
こうしてご夫婦は再びご一緒になり、この地は香椎宮と呼ばれるようになりました。
旧伊藤伝右衛門邸でこれを見て、行きたくなって行った🚗
たまたま翌日に香椎に行く予定だったの、すごくない?
すごい偶然。
もしや呼ばれた?なんて思いたくなるレベル😆
普段は公共交通機関を使って移動する私だけど、昨日は車移動🚗
駐車場の場所の関係で、鳥居スタートではなく、地図の右の方からスタート。
武内宿禰(たけのうちのすくね)の像。
抱いているのは、応神天皇かな?
亀乃池の前に、亀の像。
「よう来たな!」と言うような顔🐢
まだ早い気がしたけど、花菖蒲が沢山咲いていた!
黄色は花菖蒲の黄色い種類かと思いきや、黄菖蒲という品種らしい。
黄菖蒲は盛りを過ぎていて、よく見ると萎れているものばかりだったのでメインでは撮ってない。
モンシロチョウがいた!
しばらくじっとしてたから、死んではいないかとドキドキした。
この後、飛び去っていってホッ🦋
さすが亀乃池か。
亀が、泳いでいたり日光浴していたり、沢山いた🐢🐢🐢
白い狛犬。
狛犬、で合ってる?
マーライオン的なお顔。
勅使館の前を通り過ぎ、
楼門へ。
いやぁ、立派な門ですねぇ。
門の外にいた狛犬。こっちは阿。
こっちは吽。
再び中へ。
御神木 綾杉
千早ふる 香椎の宮の 綾杉は 神のみそぎに たてるなりけり
神功皇后が三韓より御帰還され剣・鉾・杖の三種の宝を埋め、そこに鎧の袖に挿していた杉枝を「永遠に本朝を鎮護すべし」と祈りを込め埋められたものです。葉が綾の様に交互に生えているので綾杉といわれ、国家鎮護の象徴として古来よりその杉葉を宮中に献上しています。
杉は、真直ぐの木「直ぐ木」から来てると言われるような木。
それがこんな形をしているのは、確かに珍しいよね?と思う。
立派な御神木でございます🌲
綾杉の向こうには2つの神社⛩⛩
稲荷神社🦊
鶏石神社。
稲荷神社はよく見るけれど、鶏石神社は珍しい。
雄鶏と雌鶏が左右を守る🐔🐓
鶏と卵の模様も可愛くて良き🥚
しかしそれよりも、すぐ側の木が気になった。
見事な空洞っぷり!
木の洞(うろ)の中から見上げた光景。
後ろから見た図。
木の内側が空洞になる現象はそんなに珍しい事ではないらしい。
木の栄養が通る道として実際に働いているのは皮のすぐ側だけで、他の部分はほとんど機能していない。だから菌に侵され易いそうな。
それにしても、こんなにも綺麗に真っ直ぐ長く空洞になっているのは珍しい‼️
生命の神秘🌳
本殿へ向かう。
なんか可愛いのがある❗️
と思って近付いた。
神功皇后の浮き鯛伝承にあやかった鯛みくじ🐟
『日本書紀』によると、神功皇后が角鹿(現:敦賀)から豊浦津(現:下関市長府)へ赴く途中の渟田門という地において、船上で食事中に多数の鯛が寄ってきた。そこで皇后が酒を注ぐと、鯛が酔ったように海面に浮かんできた。土地の者はそれを喜び、それからこの季節になると、その海では鯛が酔ったように浮かび上がるのだという。
この現象は“浮き鯛現象”と呼ばれ、現在では科学的に説明できるものである。産卵のために外海から瀬戸内に入ってきた鯛が、海流の関係で速い潮の流れにもまれるために、体内の鰾(うきぶくろ)の調節が間に合わなくなって浮き上がってしまうのだそうだ。瀬戸内でもこの現象がよく起こるのがこの幸崎町能地一帯であり、これは春の風物詩としても名高く、春の季語としても採用されている。
「この伝承はただの嘘です」ではなく、ちゃんと根拠があるの、素晴らしいよね✨✨
神功皇后の乗った船にも、伝承通り、鯛が浮かんで来たんだよ⁉️
伝承っていうか、「この時期には鯛が浮いて来る」のいう現象が、神功皇后の時代から続く事実です、っていう話?
私が釣った鯛。可愛い😊
香椎宮の御朱印。
書き置き御朱印は、
十年に一度斎行される香椎宮勅祭において、天皇陛下の名代「勅使」が奏上される『御祭文』の黄紙と同じく、鬱金染めの紙を用いている。と
香椎宮本殿は珍しい作り方をされていて、「香椎造」というらしい。
でも、どこから見たら1番よく見えるんだろうか?
そう思いながらウロウロしていたら、妹に「不老水、15時までだって‼️」と言われる。
この時点で14時50分。
ええっ⁉️と慌てて向かってみるも、イマイチ場所が分からず。
そうこうしているうちに5分があっと言う間に過ぎたので断念。
不老水は諦めて、古宮へ。
本殿からちょっと離れた所にひっそりあって、(この日は人と一緒だったものだから)「行かなくて良いか」と思ったりしたけど、待て待て!
むしろここが、本来の主役では❓
右に曲がると、木々の向こうに碑が見えた。
「仲京天皇大本営御旧跡」(漢字が読めなかったので調べて簡単な字に直した。)
ここが亡くなった場所です、って意味の碑かと思いきや「大本営」とは何ぞや?
これは、熊襲討伐(と、その後の三韓討伐)の為に陣を張った、その軍事拠点なんだと。
関ヶ原の陣跡みたいなものだね💡
仲哀天皇と神功皇后は共に協力して熊襲討伐にあたっていたけれど、仲哀天皇はその途中で亡くなってしまう。
この椎の木は、仲哀天皇の棺を立て掛けたという椎。
この時に特別な香りがしたから、香る椎、「香椎」という地名になったそうな。
(※諸説あり。)
神木「香椎」‼️
香椎の由来がここにあったのか!と、知れて嬉しい😊
「香」ってあるけど、死臭だよね、これ。
大変な戦の真っ最中だから、いくら天皇が死んだからっていってもゆっくり埋葬してやるような時間もなく、とりあえず棺に入れてそれを椎の木に立て掛けた状態で、一生懸命ここで作成を練っていたという事なんだろう。
壮絶❗️
夫の死臭が漂ってくるし、お腹には夫の子供。
そんな状態で戦に出ていく神功天皇ですよ。
辛い、辛過ぎる😭😭😭
でもこれ、お腹に子供がいたからこそ、頑張れたのかも知れないよね。
だって、いなかったら「私も夫の後を追って死ぬ!」って気持ちにもなるけど、「お腹の子供の為にも私は死ねない!」ってなるじゃん。
夫のやろうとした事業を成し遂げる為に、お腹の子供を産み育てる為に戦った神功皇后。
私の中で、大好きな、大変尊敬する1人となりました☀️































































