他人と関われない自分を感じつつ

 

”誰かと深く関わること”

それを僕はとても求めていた。

 

だから特定の人

(特にパートナー)には

独占欲と僕だけを見て欲しい

気持ちが集中する。  

 

 

その自分のバランスの悪さに

自分が疲れたり、嫌になることも

多々ありましたが、

 

自分の心をどう扱っていいかも

わからなかったし、向き合い方も

知らなかった当時は

 

僕の側からいなくなられる不安と

嫌われる怖さに随分自分を

押さえつけて窮屈にしていたと

思います。

(勿論相手も疲れると思います^^;)

 

 

 

 

誰よりも心を許せるはずの相手に

誰よりもきっと遠慮をしていて

 

甘えることも出来ず

弱音を吐く事も出来ず

ただ相手が喜ぶ姿が見たくって

自分のことは後回し

最優先は彼女

 

当時は彼女の笑顔が

自分の喜びであったけれど

今思えばただの交換条件だよ

 

僕は君を沢山喜ばせるから

キミはどこにもいかないでね

 

 

 

 

勿論大好きだったから

全てが交換条件の行動では

ないにしろ

 

そんな"僕の不安を拭う行為"

だったんじゃないかと思えて

ならない。

 

不安を拭うためのやさしさ。

 

だから僕は「優しい」と

言われることが嫌いだったんじゃ

なかろうか。

 

 

僕は優しいわけじゃない

 

それはいつも思っていた。

ただそうしたいからしたことを

誰かが優しいと取るのかもしれない

 

そうなのかもしれない

 

けれど僕の中には

「優しい」=弱さ

のような定義がある。

 

優しいだけではダメなんだよ

と、事あるごとに言われてきた

せいもあるのかな。

 

 
 

じゃあ僕は

 

何だったらよかったんだろう。