LGBTERの記事をご覧くださった皆さま

ありがとうございました。

 

メールやメッセージなど色々頂きました。

 

いつも思うのですが、マイノリティーのことを

発信した時の反響がすごい@@

 

今回は僕が思っているほど

”FTMは身近にいない”というのも

知る事が出来まして

 

いや、だってさ街の中歩いてても

それらしい人は結構いるわけで。

 

 

身近にもまあまあいるものかと思ってました。

そうでもないんですね。苦笑

 

って、確かによく考えたら僕もFTMの友達

片手に収まるわ。爆

 

そもそも僕はSRSの手術を終えてからは

マイノリティーな部分は極力隠してきたので

そういうお友達が少ないというのもあります。

 

そこの繋がりが深い方は

沢山仲間がいるんだろうなぁと思ったりしますニコニコ

 

僕は自分が自分の自認を

「そう(男と)思ってはいけない」とどこかで

思っていたので きっとこんな自分では

完全に自認が男の人達の輪に入ってはいけないとか

 

とにかく「いけない」を沢山抱えてた。

 

かといって女とみられるのも扱われるのも

とても嫌悪感だったり悲しさだったりで

溜息もでたりね。

 

 

なので性自認男性の人達の中に

入りたいけど入れないという時期が

随分長くあったように今は思います。

 

あんな風に言いきれていいなぁ

堂々と「俺」って言えていいなぁ

 

自分も言いたいなぁ

 

でも言えないっ!!

(昔そんな歌ありましたね。笑)

 

 

僕が初めて自分の人称を「僕」

そして念願の「俺」まで言えるようになったのは

ホルモン注射始めてからかもしれない。

 

自分が性同一性障害だと診断されて

はじめて安堵して。

 

病気によっては一概に病名が付くことを

良しとは思いませんが、僕は自分のことに

関しては これでやっとこうしたかったと

思っていたことをやってもいいんだと許可が

出たような気持ちでした。

 

 

僕っていうのもドキドキで

「え、いいのかな。言ってもいいのかな。」

「よし、言うぞ 言うぞ。滝汗滝汗」

 

とまるで初めての告白のような。笑

 

そして僕でしばらくウオーミングアップしてからの

俺デビュー。

 

そんなこと?!

と思うかもしれませんが

そのくらい僕の中では憧れで夢のようなことだったので

それを自分がそうしてもいいというGOが出たことは

歓びだけど、こわごわな部分もありまして

 

いいの?いいの?

ほんとにいいの??っていうのを

自分で感じながら馴染んでいった感じです。

 

 

僕の周りでも今 

自分というものに向かっている友や

クライアントさんが沢山います。

 

初めてのことやチャレンジだから

今までの自分に戻りそうになったり

怖くてなかなか進めなかったり

 

変化はふとした時に怖さを突き付けてきます。

 

けれど

いいの?いいの?

本当に自分がそれをやってもいいの??

と思いながらでも

こわごわやってみたらいいんです。

 

失敗なんてないし

頭の中の空想や想像はいつになってもそのまま。

創造にはならない。

 

自分の心をその生身の身体をもってして

体験していくことこそが、僕らが肉体をもっている

意味に繋がるのではないでしょうか。

 

ある意味肉体という不自由な入れ物。

けれどそれは体験という貴重な経験を

与えてくれます。

 

 

なので心と身体で沢山のことを

感じていくことが大切なんじゃないかなーなんて

思います。ニコ

 

それを許すのは周りではなく自分だね。