ごきげんよう♡
ゆうこみんだよ![]()
先日 Rec Coffee 浄水テラス店へ伺った時
△の御本とは別に
もう一冊興味深かった御本があったの。
それは
「ありがとう」「ごめんなさい」が
必要ないプナンの社会
閉店時間が近づき
△の御本を本棚へ戻していた時に
なんとなく
背表紙のタイトルが目に入り
気になるところだけパラパラと読んでみたら
現代日本とはまるで真逆な常識で
成り立っている社会が
同じ地球上にあることを知って
なんて 面白い❤︎ と思ったの。
そして、それは
自分が信じているひとつの
常識や正しさの幻想に
囚われ過ぎている社会にとって
気持ち軽くなり心緩む
ひとつのきっかけになるなぁ♡
と ニマニマしちゃったんだ![]()
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昨今の日本では
自己責任という言葉が
普段使いになってきているし
私自身
私が存在しているからこそ
私の人生も世界もある♡♡♡
が 私を生きる根底にあるから
私の人生や世界がHAPPYやLUCKYで
満ち満ちるかどうかは
全てすべて私次第♡♡♡
Wow!
それってなんて
素晴らしいこと![]()
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と思っていて
私の中では
ポジティブな自己責任を負うことは
私を生きる大いなる
力になると信じてる![]()
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だから♡
自己責任とは決して
誰かを孤立させる概念ではなく
むしろ愛が根底にある概念であり
私は 私と私の世界の両方に対して
HAPPYでLUCKYである責任を
有り難くも持っていると思えているから
もし私の世界に
悲しいを持っている人
辛いを持っている人
寂しいを持っている人が
居るとするならば
それもひとつの私の責任として
私に出来ることを
ちいさなことでも
アクションできたらな♡
と思ってもいるよ![]()
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それがゆうこみんが思う
自己責任の意味。
とは言いつつも万人が救われるような大きなことを、
ということではなく 自己責任という言葉が
誰かを追い詰める刃になるのはまた違う話だと思うの◎◎◎
プナンの社会には
ありがとう も ごめんなさい もなく
全ては集団の責任。
だから 例えば
誰かが盗みを働いた時
盗人が裁かれるわけでもなく
集団会議を開き
なんなら盗人本人は
参加しなかったりするのだって![]()
そして
これからは盗られないように
策を講じましょう
のような結論に至るのだって![]()
ビックリだよね。
でもビックリしちゃうのは
私がまだまだ井の中の蛙で
今 自分が思っている
普通や常識だけが当たり前のこと
と思ってしまっていただけのことだから
視野や世界をもっともっと広げて
どんな状況と出会っても
ビックリしない私で在りたいな![]()
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そして、今は今で ビックリしつつも
新しい世界をとっても面白い❤︎
と思えているからOK OK![]()
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世界観先生としても
そう在りたいし
そんな風に優しく柔らかく
世界を一緒に広げてゆける
仲間が出来たら
もっともっと嬉しいな![]()
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そんなことを考えてみた
プナンについての詳しくは
私が言葉を紡ぐよりも
作家 大竹昭子さんのレビューを
読まれた方が分かりやすいと思うので
引用させていただくね♡♡♡
その前に
最後にひとつだけ。
今日のお話は
現代日本社会が良いとか悪いとか
プナン社会が良いとか悪いとか
そういうお話ではなく
私たちが
こうである
こうしなきゃいけない
こうでなければダメ
こうでなければ生きていけない
と思っている 信じていることは
意外とそうではないかもよ♡???
いや 実はそれって幻想かもよ♡♡♡
を
プナンの社会は
分かりやすく提示してくれる
好例だと思ったので
そんなことを書いてみたよ![]()
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日本の現代社会からしたら
有り得ない!を有り得るに出来たら
もっと肩の力抜いて
もっと全身の力抜いて
心軽く軽やかに生きていけるよね![]()
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そんな私で生きていけることを
そんな私の方が実はうまくいくことを
実体験として体感してながら
この世界を生きていけるよね![]()
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この世の常は
信じたものだけが
形になるのだもの![]()
あなたはどんなことを
感じ考えたかな♡???
良かったらゆうこみんにも
▼LINE公式▼から聞かせてね![]()
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▼ 以下引用 ▼
持ち物に名前をつけ、
人のモノを使ったら「ありがとう」と言い、
もし壊したら「ごめんなさい」と言う。
集団生活を始める子どもに
まず教えるのはこれだが、
それをしつける必要のない場所が
ボルネオ島の森のなかにある。
狩猟民プナンは「ありがとう」も
「ごめんなさい」も言わない。
言う必要がないのだ。
フィールドワークでそれを知った
人類学者の著者は驚愕する。
プナンの社会では、物も知識も能力も
個人の持ち物ではなく、集団に属する。
だから猟の成果も均等に分配される。
熱心に働こうが大きな貢献をしようが
得られるものは同じ。
となると向上心がなくなるのではないか。
その通りで、彼らには生活をよくしようとか、
ダメなところを改善しようという考えがない。
人生でなにより重要なのは生き抜くことで、
それ以外の欲は捨てている。
死に対する考えもちがう。
だれかが亡くなると遺族のほうが名前を変え、
死者の持ち物を処分し、
その名を口に出すのを控える。
それでは死者を弔えないが、
彼らはそうは考えない。
死者に心が動くと生者の生活が滞る。
そういう状況を減らし、生きることに邁進するのだ。
動物に近い暮らしのようだが、
実際、彼らの生きる現場は熱帯の森である。
話をしていても、人のことを言っているのか、
動物のことを言っているのか、
線引きが不明解なことがよくあると著者は言う。
それほど動物との関係が接近している。
よく知られるように、
私有財産は農耕によって始まった。
努力して成果をあげたり、
モノを蓄えたりすることも、
それを支える自己という概念も、
遡ればそこにゆきつく。
狩猟採集の暮らしは
獲物との出会いがすべてだから、
努力よりも勘や身体能力がものを言う。
そういう暮らしは心積もりや
備えをするのが困難だ。
不安はないかと思うが、
「不安」を感じる心そのものが
近代社会の生みだしたものなのかもしれない。
世界を味方に♡ゆるゆるふわふわ
毎日が休日でHAPPY&LUCKYしかない
生き方の秘訣の詳しくは
コチラでもお伝えしているよ![]()
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Thank you for being born.
You are beautiful as you are!
うまれてきてくれて、ありがとう。
あなたは、あなたのままで美しい♡
ゆうこみん♡
◆私の世界と資質を味方に♡私らしく幸せを広げる◆
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