今日、書きたくなったのは、

珍しく、というか、はじめての

夫とのパートナーシップについてです。

 

 

夫とは、19歳の時に出会いました。

それから、30年以上。

親よりも長い時間を、

一緒に過ごしています。

 

出会った頃は

バリバリの愛着障害だったわたし。

(なんなら、つい数年前まで

愛着障害を盛大に発動させ、

かなり、夫や子どもたちを

困らせてきました滝汗)

根底にあるのは

「わたしなんか、誰からも愛されない」。

わたしを愛してくれる人なんか

誰もいない、と思っていたわたしを、

愛してくれるひとが現れた。

まず、このことが、驚きでした。

 

こっぴどくこじらせ女子の

わたしだったので、

ちょっとのことですぐネガティブになり

泣きわめいたり、

もう終わったことを

前カノのこととかな真顔

いつまでもグチグチと

気にしたり、

勝手な思い込みで怒り出したり。

書いてて恥ずかしくなってきたあせる

「ほらね、やっぱりわたしなんて

嫌われるんだ、愛されないんだ」

そう言いたかったのかよ、と

思えるような

態度を取っていても、

もちろんケンカにはなったんだけど

最後は、

かならず「愛してる」って

言ってくれる。

 

なぜ、このひとは、

わたしを愛してくれているのだろう

 

ふと、考えたとき

もちろん夫が愛着形成ばっちりで

神だというのもありますが笑い泣き

ひとつ、言えるのは、

わたしは、いつもわたしを

夫の前では全出ししていたということ。

 

感情も、

長所も、

短所も、

今までの境遇も、

なにもかも。

そのままのわたしで、

なにも隠さず、向き合った。

 

昨夜、たいせつなお友達と

「ひとは生まれる時に

息を吐いて生まれて、

死ぬときは

息を吸って引き取るよね。

まず、最初に愛を出して生まれて、

愛を受け取って死ぬんだね」

そう、話をしていて、

ああ、ほんとにそうだ、と

こころがじんとしました。

 

わたしが、まずわたしを出して、

夫が受け取った。

夫も、夫を出して、

わたしも受け取った。

 

そういうことなんだ。

循環。

わたし、もう、愛を回してたんだなぁ。

 

 

そりゃあ、30年の間には

ここには書けないような

もっともっと、いろんなことが

ありました。

もうだめかも、と思うようなことも。

でも、

今も変わらずこうして

一緒にいて笑ってくれる夫に、

心からの愛とありがとうを

伝えました。

 

ちょっと恥ずかしいけど

書いてみました。

なんでこのことを書きたくなったのか。

明日から戊辰月、

偏官の運気が回るからかなぁ。

(偏官は愛の星だからね)

 

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