3年ちょっと前。

からだをゆるめるボディケアに出会い、

からだをゆるめることの心地よさ

ゆるんで得られる安心感を体感しました。

それからほとんど毎日、自分でケアをして、

毎日ゆるむ心地よさを感じていたし、

目に見えるからだの変化も感じていました
(肩甲骨周りや大腿部がすっきりした、

顔がリフトアップした、

楽にからだを動かせるようになった、など)。

 

からだをゆるめることで、

今まで蓋をしていた感情があふれ出すこともあったけど

自分に深く潜っていくことができたのは

以前よりもからだがゆるんでいたから、というのが

大きかったです。

 

だから、わたしは、

「からだがゆるむって最強」

「ゆるんだからだでこそ、自分と向き合える」

そう思っていました。

 

でも。

そのボディケアの創始者の方の施術を受けた時。

そのボディケアに傾倒し、

その技術を習得したいとさえ思っていたのに。

目に見えてビフォーアフターのからだは変わって、

もっと楽にからだを動かせるようにもなったのに。

”からだがゆるんでいても、全然心地よくない”状態を

わたしは初めて経験しました。

 

理由は、わたしが不安だったから。

(施術者の方がどうこうではなく、

わたしの問題でした)

 

わたしのからだはガチガチだったそうで、

施術をしても完全にはゆるまなかったとのこと。

施術中、その方に対する恐れの気持ちが大きくて

わたしはリラックスできず、頭は思考でグルグルしていました。

たとえ、ガチガチだったのだとしても、

施術を受ける前のわたしの方が

ずっとずっと心地よかった。

 

それに気づいた時、

ゆるむことを良し、ガチガチは悪としていた自身にも気づいたんです。

 

なぜ、わたしのからだはガチガチだったんだろう。

もし、わたしを守るために、

からだが鎧のようにガチガチになってくれていたのだとしたら、

それは、愛でしかない。

 

恐れの中でからだだけゆるんでも、全然心地よくなかった。

むしろ、

施術を受ける前のガチガチの状態の方が心地よかった。

からだに守られていたから。からだが守ってくれていたから。

ガチガチなのは、全然、悪いことじゃない。

むしろ、感謝と愛に値すること。

 

確かに、からだがガチガチだと、

痛みも出やすかったり、動きづらかったり

いろいろな不調が出ます。

でも、その不調を悪ととらえて

なんとかしようとするのではなく、

どうしてそうなっているかの方に目を向けて、

からだに寄り添って

からだのパワーを助ける、補えることを

考えていきたい。やっていきたい。

そう決意するきっかけになった気づきでした。