台風が日本列島縦断してますが、みんな大丈夫かな…と心配しております。

SNSで家族で避難したとか、近くの道が川になったとか、言葉や写真や動画で投稿されていて、離れてても、こちらから連絡して確認しなくても、知ることができるすごい時代だよなと改めて感じてます。

 

電話もTVも時代はどんな生活だったんだろうと思いを馳せても想像でしかなく、これからも世の中はどんどん変わっていくんだなーってなんとなーく思っております。

 

昨日は母校の卒業生の集まりがあり、自分たちの代の役員として出席させていただいてました。

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『母校の同窓会』って他の地域ではないところもあるらしく、「何それ?」と聞かれることもあります。簡単に言うと、学校全体での卒業生の集まりです。

『旭桜会(きょくおうかい)』といいます。

卒業して25年目(43歳の年)にその会を主催するという“当番期”というものがやってきます。

私たちはその当番期が来年なのです。

 

で、昨日の集まりは今年の当番期、当番期の一つ上、当番期の2つ上、来年の当番期、という4年代が集まる【四期会】という会でした。(自分から3つ上の代までってこと)

2つ上までは高校時代に被っているので知っている方もいますが、3つ上となると高校時代はほぼ知らない。知っている1つ上や2つ上の方も、高校時代ってめっちゃ上に感じてたりめっちゃ大人に感じてたり。

でもこの歳でお会いするとみんな“同年代”だから面白い。

学生時代のあの“歳の差に感じる大きな差”ってなんなんでしょうねー。

 

今年初めて学校単位の同窓会に参加して、自分たちが来年当番期を迎えるんだと言う実感をちょっとずつ感じながら、今まで知らなかった催し事に参加して感じたこと。

 

 

昔も今も大事なのは『人と人の繋がり』

 

ふと思ったんです。

「なぜ、この旭桜会があるんだろう?」

「はじめにこの会を作った人は、どんな意図があって始めたんだろう?」

と。

 

私が出した答えは、卒業生同士が繋がり続けるため でした。

 

ただ懐かしむだけの集まりではなく、もっと深い意味があったのでは…と考えてたら、自分の中で納得できるところにたどり着いたのでした。

この旭桜会、今年で100回目でした。

ってことは、100年続いてるってこと。

お店や会社だったらそこそこすごいことですよね、100年って。

(うちの家業は3代目ですが100年も経ってないですもん)

それだけ続くってことは、続ける意味があるし、続けるべきだという思いがあるから続いてきたもので。昔の先輩方が続けてよかった、続けようと思った思いとはどんなことなのか?

考え出したら芋づる式に疑問が出てきまして。

 

今と違って情報共有するツールがない時代は、会って情報共有するしかなかったから、年に一回集まることが個人個人の“今”を知る方法だったんだろうなと思うのです。

 

昔は身近なところで経済が回ってた。

ネットもなければカタログ通販もない。行動範囲の中で買い物をし、専門家に仕事を依頼する。

とはいえ、お店が1店舗しかないわけではなく数店舗あれば競争が生まれるわけで。

消費者もどこで買おうかと“選ぶ”。

“選ぶ”基準は、今も昔も変わらず一番はじめに候補に上がるのは“知り合い”だったはず。

知り合い=知り合っている仲

そこに【同じ学校の卒業生】という共通点があって、一度でも会ったことがあれば選んでもらう理由になる。

 

 

より狭くて身近な繋がりの経済

 

我が家は自営業で地元で商売をしているからか、小さい頃から何かにつけて「せっかくお金を使うんなら地元(知り合いのお店)で」と親が言ってたのを聞いて育ちました。

今ならネットで買ったら安く手に入るものもありますが、金額を気にする前に、お酒だったらあのお店、手土産のお菓子買うならあのお店、ご飯食べにいくならあそこのお店、と地元のお店がいくつか候補に上がります。

金額ではなく、どこで買い物をするか が先に頭に浮かぶのです。

 

これって昔の人は今以上に普通のことだったんだろうなと思うのです。

住んでいる場所のお店しか候補はないから。でも選ばれないといけない。選ばれないと死活問題だったかも。そんな時に、「同じ学校だったんだからみんなで助け合っていこう」という思いもあったのかも。もしくは実際に卒業生同士、学年が違う人同士も助け助けられやってきた出来事があったんじゃないかなって。

人と人の繋がりの有り難さをより感じていたから、この旭桜会は存続してきているんじゃないかなと思ったのです。

 

地元から離れる人もいる。

地元から離れた人同士、繋がりを持つために各地に支部ができている。

何か困ったことがあったら近くにいる同郷のもの同士、助け合えるように繋がっていよう。

そんなことを思いながら支部ができたんじゃないかなって。

同郷のよしみっていうけど、確かに地元以外(離れれば離れるほど)で地元の人にあうとそれだけでめっちゃ親近感わくもんなー。

 

そんなことを考えてたら、この旭桜会ってなんだかすごいことなんだなって思えてきて。

当番期って大きな役割で、責任あることを任せられてるんだなってちょっとビビってきているところですwww

 

 

繋がりは1日にしてならず

 

正直なところ、学生の頃から旭桜会を見てきたし、父親が同校出身なので旭桜会の集まりに参加してるのをみて感じてたことは、『集まってワイワイ飲んで楽しむ会』って思ってました。

それも間違いではないんだけど、その『集まること』が大事なことなんだなって初めて感じたかもしれない。

「役をやるといろいろ大変で集まりも多い」とは聞いていたし、旭桜会自体面倒臭いなーなんて思ってた。きっと地元に帰ってきてなくて博多に住んでるままだったら、きっとできるだけ関わらないでいいにしてたかも。

当番期は必ず誰かがやらなきゃいけないし、地元にいるから逃げようがないし、誘われたら仕方ないよななんて参加するまでは思ってたけど、続けてきた人たちのためにも、私たちの後の人たちのためにも繋がり続けるためにしっかりやらなきゃいけないんだなって気持ちに変わってきた。

で、やることと規模を知れば知るほど、みんなで協力し合わないと地元で動く人だけに負担がかかってしまうのは目に見えてきた。

自分が動く側に立って初めてわかったこと。

 

昨日の写真を見たり、友達が投稿している写真を見てて思ったのは…

「これ見た人は“ただの飲み会”としか思わんやん!」

これってマズイのでは?ってちょっとだけ危機感を感じたのです。

だって役員が集まって楽しそうに飲んでるだけて思われたら、協力しなきゃとか手伝わなきゃって思わないんじゃないかって思ったのです。

今の所はそんなに大変なことはないのですが、春くらいからいろいろ動くことが目白押しらしく。同期の人たちには、ちゃんと内情も報告しとかないといざ手伝って欲しい時に大変じゃなさそうって思われたりしない?なんて思ったり。。。

 

どの年代の先輩方も言われるのが、『たくさん集まっといたほうがいいよ』

どれだけ連絡先を知っていても、SNSで繋がっていても、『会う』に勝るものはないんだなと。

 

SNSも繋がらないより繋がってるほうがいいけど、そこに交流がないと繋がってる意味がないのかも。

会えない時間を埋めてくれるのがSNSでの繋がりだから。

実際の繋がりをより深めてくれるのがSNSでのやりとりだから。

すでに同級生という繋がりがあるけどしばらく会ってない同級生とどう繋がりを深めていくかが、来年の当番期の旭桜会を成功させる鍵いなるんじゃないかなーなんて1人で勝手に思うのです。

 

そうそう、どの先輩方も声を揃えて言われるのが、

「めっちゃ楽しいから頑張って!!」

文化祭でクラスみんなで何か一つを作り上げた達成感みたいな気分が味わえるらしい。

だからこそ、今より仲良くなるしきっと一生の繋がりになるんだろうなって思う。

 

きっと大変なんだろうけど、大変な思いをしたほうが達成感は大きくなるもんね。

1人じゃないしみんないるし頑張るしかないし楽しそうだし。

地元に帰ってきて4年、正直昨日が初めてかも。
地元に帰ってきてよかったって思ったのは。

きっと楽しくなるね。

 

ただ、飲み過ぎには気をつけよう…そう心に誓った台風の朝でした。。。

 

 

 

クローバー毎日バケツをひっくり返したように皆様に幸せが降ってきますようにクローバー

 

 

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