東京・新宿 「靴は売らない靴屋」西村泰紀(タイキ)です。
昨日の記事の続きです。
学校指定靴の話
NHKの「龍馬伝」が大好きです。
昔ぁ~し、就職試験の面接で、「尊敬する人は?」と聞かれて、「坂本龍馬です」と答えたことを覚えています。
司馬遼太郎の「龍馬が行く」の影響をもろに受けました。
坂本龍馬とともに、勝海舟も小説で読み、大好きになった人物です。
NHK「龍馬伝」では、坂本龍馬フリークの武田鉄也さんが勝海舟を演じていて、とても面白く見ています。
勝海舟の痛快な点の一つに江戸弁でまくしたてる、語り口調があります。
業界で靴を語る人が良く口にするフレーズが「欧米と比べ日本の靴文化は遅れている。
たかだか120年ほど・・・・云々」
日本には靴文化が馴染んでいない、実質戦後からなんで、TPOで履きかえる習慣がない・・・・。
勝海舟なら何というだろう!そんな想定記事です。
利いた風なことぬかすんじゃねぇ!
手前の志が低いからこうなったんじゃねぇか!!
人のせいにすんじゃねぇ、このすっとこどっこい!!!
神戸屋の創業者はじめ明治時代、日本で、メリケンで必死に靴製造技術を身に付けた先人達はそんなしみったれた言い訳許しちゃくれない。
120年もありゃ月までいける!!?
世界をリードする(ちょっと怪しい気配が漂っているが)自動車・電機・服飾を見ろってんだ!!
高度経済成長時代まで“安かろう悪かろう”の代名詞だった日本製。
世界に冠たる高品質の代名詞となり、日本人の勤勉さと優秀さを示したではないか。
これらの業界だって実質戦後から。
龍馬伝を見て思う。
日本人の志の高さ、否、一部の日本人の志の高さが奇跡の経済成長と日本製への高い評価の骨格になったのだ。
本来、日本人が持つ高潔さ、人として生きる姿勢の美しさ、粋、思いやり、恥らい。
そんなものも背骨の一部だったはず。
文化をどう定義するのか異見はあると思う。
しかし、文化を“社会的に共有されている価値観や信念、振る舞い”と定義するならば、文化の低さ、つまり欧米に比べてなぜ日本の靴文化は低いというのか。
その差はなぜ生まれるのか?
それは教育により生じる差じゃないのか?
ここでいう教育とは学校だけではなく、親兄弟など家庭内教育も含め、社会全体の教育、習慣を含めてです。
何が言いたいのか。
欧米と比べて日本の靴文化は遅れているってことは、てめぇらがちゃあんと教育してこなかった、って白状しているようなもんだってぇこと。
今の時代、教育全体の仕組みの中で、革靴と本格的に接するのが学校の制靴という人が多いんだぁ。
最悪でもここで、革靴だけじゃなく、靴ってぇ物との正しい付き合い方を教えりゃよかったんだ。
オイラのおやじの時代、革靴なんて履けやしねぇ。
多くの日本人男性が初めて靴に接するのが軍隊だった。
大東亜戦争後、統制物資、革で作る軍需品、革靴の生産ラインを民需に振り替える時、軍靴で覚えちまった「靴に足を合わせろ!!」っていう馬鹿な商売を続けられる、って気が付きやがったとしか思えねぇ。
足にとって重要で、靴に対する感性が養われる中学・高校という時期に、足にやさしくないスリッパの延長みたいな変な革靴、合皮靴を履くことに慣れさせちまってる。
某社だけなのか、業界全体なのか、靴に対するポリシーの欠如、志の低さが、足と靴に関する教育レベルの低さの大きな原因だとオイラ思うね。
基本的に、制服の一部である靴を一つの形に決め込んじまう学校側の無知と怠慢も大きな要因であることは間違いねぇ。
軍服・軍靴のビジネスモデルそのままじゃねぇか。
今でも画一規格大量生産ビジネスモデルが使える数少ない市場が子供の靴。
指定靴、制靴,上履きや運動靴。
う~ん、アリの一穴開けてみせる!
勝海舟が江戸弁止めなかった理由が良く判るねェ。
ベランメイ調は怒りの記事書くには最適だな!!
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